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剣の戦姫   炎の封印

──炎の封印──


「ふうん。外見は古臭い割に、内装のほうは何とも物々しい限りだね」

 片手に持った長銃を肩に担ぎ、レリエルが周囲を見渡す。空いた手は掛けた眼鏡の縁を忙しなく弄っている。恐らくはあの眼鏡を使って内部の様子を調べているのだろう。先程聞いた話に寄れば、あの眼鏡は視力矯正というよりは、望遠に近い能力を持ち合わせているらしい。

「ねぇ、レリエル。確かさっき、中入ったらもう危険はないって言ってたよね」

 貴方やレリエルから少し離れた位置に浮んでいたリトゥエから声が飛んで来る。レリエルは片目だけで妖精を見つつ、浅く頷いた。

「ああ。一応、防衛機構を落としておいたからね。それの制御下にある連中は動きを止めてる筈だけど」

「……じゃあさ。あれ、何?」

 言ってリトゥエが指差した先には、小さな駆動音を立てながら空中を泳ぐ、白色の円盤が数枚。直径一メートル半程のその物体の上部からは、明らかに攻撃用と思われる鈍色の筒が伸びており、筒と円盤とを繋ぐアームがゆっくりと捻られて筒の先端がこちらへと向けられる。

 レリエルはそちらへ視線を送ると、己の細い顎を一撫でし、ふむと唸る。

「んー。まぁ、つまり、元々防衛機構の制御から外れてたヤツなんじゃないかね? ……要するに、今、狙われてるかも」

「なぬ──!?」



battle
守護の円盤


 城内の治安維持を担当しているらしき円盤状の兵器を破壊し、一息つく。

「ダメだな……この系統のガーディアンは全て自律系だ。防衛機構の制御から外れてるぞ。クラスB以上の思考システムを積んでる。量産品のくせに生意気な」

 眼鏡から伸びたコードを床に転がる円盤から引き抜き、レリエルが忌々しげに呟く。どうやら、この建物の中にはこれと同型のものが無数に配備されているらしい。

「うーん。ねぇ、レリエル。貴方のその眼鏡か何かでさ、この城の見取り図とか出せないの?」

 リトゥエに問いに、レリエルは小さく肩を竦めてみせる。

「出せないこともないが、アンノウンが多くて役に立たない。片っ端から廻るしかないね」

「……あ、そ」






「ねぇ、なんか変な音しない?」

 暫くその場に留まり、身体を休めていたその時。傍らで座っていたリトゥエがふわりと宙に浮き上がり、訝しげに周囲を見渡す。

 貴方はリトゥエの言葉を確かめるため、動きを止めて耳を澄ました。

 どん、と。

 重苦しい音が響く。ついで、地面が小さく振動した。

「【NAME】君、奥から何か来るぞ」

 壁に背を預けていたレリエルが傍に立て掛けていた長銃を手に取り、弾倉に弾を込める。

 広い通路の奥から姿を現したのは、全長四メートル近い黄金の馬だ。しかし頭にあたる部分には煌びやかな鎧を纏った人型の上半身が伸びており、右手には馬上槍、左手には大楯を下げている。

「何あれ……半人半馬、なの?」

「外見は時代がかってるが、中身は機械だな、あれは。この城には似合いといえばいいのか、不似合いといえばいいのか。判断に苦しむ」

 などと話している間に、その黄金騎士は一度姿勢を深く沈めると、弾けるように加速。一気にこちらとの距離を詰めてくる!



battle
黄金騎士


 黄金騎士を破壊した後、無骨な外壁のみが続く階段を降りていく。

 降り始めて半時間以上経過。階段はなかなか終端にまで辿りつかず、一体どこまで続くのか不安になってきた。

 だが、今更戻るのも癪だ。……このまま進むしかない。





──炎の封印 最深部──


 いい加減階段を降りるという行為自体に辟易し始めた頃、ようやく下方に階段の途切れ目が見えた。安堵の吐息と共に降りきると、大きな広間の端へと出る。

「うわ、ひっろ~い」

「確かにね。それに、上の施設とは大分毛色が違うな……」

 貴方から一歩遅れて広間に入ってきたレリエル達がそれぞれ感想をもらす。

 全体が黒のトーンで統一されたその部屋の広さは驚異的で、高さは百メートル以上、縦横に関して言えばその数倍はあるだろう。とても地下にある部屋とは思えない。

 広間の床や壁にはぼんやりと輝く細い線が縦横無尽に走っており、一定の周期で明滅を繰り返す。これのおかげで、若干薄暗くはあるものの照明などは不要だった。

「しかし、広いだけだな。これといったものは何も無さそうだけど──ん?」

 広間を見渡していたレリエルが訝しげに言葉を止め、部屋の中央付近へ向けて掛けている眼鏡の縁に数度触れる。リトゥエは彼女の視線を追って広間の中央へと眼を細め──

「何アレ? 誰か──寝てる?」

 呟く。しかし、部屋の光量が十分ではないため、貴方が目を凝らしても何やら小さな暗がりのようなものが見えるだけ。

「ま、とにかく行ってみよう。危険はなさそう……な気もするしな。あの円盤も見当たらんし」



 巨大な部屋の中央には、どちらかといえば素っ気無い印象を与える広間にはあまり相応しくない物体が鎮座していた。無骨なパイプと配線の束が露出した機械が大まかに分けて五機、それぞれが腕一本程の太さがありそうな肉厚のケーブルで繋がれている。

 円状に配置されたその五つの機械の中央には長細い筒にも似た形状の寝台が一つ。そしてその中央には両手を胸の前に組み合わせて目を閉じる小柄な女性が一人。

「うわぁ……綺麗だね、この人」

 感嘆の声をあげるリトゥエ。しかし、横から覗き込んだレリエルは軽く首を振り、一言。

「違う。人じゃない。これはマリオネット、『人形』だね」

「マリオネット? 何それ?」

 レリエルの言葉に首を捻るリトゥエ。それに対し長銃を肩に担いだレリエルは困ったように眉を顰める。

「うーん、どう説明したら良いものかね。リトゥエちゃん、『現出地形』の分類とかって知ってる?」

「……? 理屈くらいなら知ってるけど……分類って? どういう意味?」

「今、この五王朝に『現出』している地形達の中には、幾つか系統立てて分類することが出来るものがあるんだよ。代表的なのがこういう──」

 ぴっ、と天井やら、脇にある機械類やらを指差してみせる。

「機甲系の地形だね。まあ、機甲系といっても、私達の扱うものと違って、かなり魔術……というか概念干渉の理屈を応用したものが多いのだけど。こういう類の現出は他のものとは違って、それ自体で完結してないのだよ」

 そこで彼女は、己の発した言葉を訝しがるように小首を傾げた。

「完結してない、はちと判り辛いかな。どう言えばいいのか、一つの文明の中にある地形をそのままこちら側へと切り出したような、そういう地形だって意味。他の『現出地形』とかはあれだろう? 何か際立った特徴だけがあって、地形がどういう風に構成されていったのかという経過みたいなものが、すっぽりと抜け落ちているのが普通なの。でも」

「ここは違うって事?」

 言葉を継いだリトゥエに、レリエルは目の動きだけで頷いてみせる。

「多分ね。例えば、ほら。先刻この建物に入るとき、私がこの眼鏡で防衛機構を落としただろう? あれは、この眼鏡とここの建物が同概念世界の上で造られたものっていう証拠。……まあ、それは良いとして。まずはあの人形だな」

 レリエルは人形のほうへは近づかず、周囲に配置された五つの機械を順々に覗き込んでいく。

「ねぇ。で、結局この『人形』何なの?」

「さっき話した機甲系の文化を持っていた概念世界で使われていた二次的生命体さね。あたし等の世界で言えば、ホムンクルスとかゴーレムとか、あのあたりと同じようなものだよ」

「ふぅん……」

 リトゥエは判ったような判らないような声をあげ、寝台に寝そべる人形の頬をつんつんと突く。

「柔らかい……まるで生きてるみたい。レリエル、この子って今どうなってるの? 動くの?」

「ん~、どうだろうね。状態は良いみたいだし、起動用のシステムが生きていれば動くとは思うけど……」

 そこまで言って、寝台で眠る女性の足先の方向にある機械に張り付き、何やらがさごそと弄り始めるレリエル。

 数分沈黙が続き、ようやく言葉を続ける。

「システムは大丈夫だな。電源も……いけるか。しかし──」

「しかし?」

「システムを起動させるためのキイが無い。これは致命的だな」

「動かないの?」

「有体に言えばね」

「なぁんだ、ちょっと期待したのに……」

 残念そうに言うと、傍らにある人形の頬をまた小さく突いてから空中に浮かび上がるリトゥエ。レリエルも機械から身を剥がし、こちらに歩いてくる。

「だが、どこかでキイを調達してくれば動く筈だよ。……確か、『昂壁の翼』の貯蔵塔で、このタイプのシステムと同種のキイを目録で見たな」

 それならば、彼女の言うキイさえ確保すればこの『人形』を目覚めさせることができるのだろうか?

「実際に動くかどうかは判らないけれど、望みはあると思う。……まあ、取り敢えず今回は引き返すしかないな。戻ろう、【NAME】君」

剣の戦姫   昂壁の翼 貯蔵塔

──昂壁の翼 貯蔵塔──


「では、早速探しましょうかね」

 深夜。いつもの通り、見張りの眼を掻い潜り塔に侵入した貴方とレリエル。どこで仕入れたのかも判らぬ妖しげな刻印柱などを使い、階層ごとに展開された結界を部分的に解除して辿りついたのが、このガラクタだらけの大部屋。

「……ねぇ。ガラクタだらけなのは──まあ、何となく判ってたけどさ。なんかまためっちゃくちゃヤバそうな感じしない?」

 リトゥエが引きつった声を出しつつ、眼前のガラクタの山の一箇所を指差してみせる。彼女の小さな指が差し示す方向を見やると、ガラクタの山の中から何かが這い出してくるのが見えた。

「まあ、『禁書階層』よりはマシだとは思うがね」

 レリエルが肩から下げていた長銃を手に取り、弾倉を確かめた後コッキング。

 しかしリトゥエは彼女の言葉に首を傾げて疑念の仕草。視線はガラクタから這い出してきた、不気味なオーラを帯びた書物達。どこかで見たような連中だ。

「っていうか、ああいう類の危ない本とかは、こっちでなくて『禁書階層』のほうにあるんじゃないの?」

 などと呟く小妖精に、レリエルは小さく肩を竦めてみせる。

「何事も手違いってものはあるものだ。とにかく、あの邪魔くさい本を何とかしないと先には進めない。ちゃっちゃと片付けるよ」

 レリエルは呟き、空中をゆらりゆらりと揺れながらこちらに迫る書物へと、手に持った長銃を向けた。



battle
封印の書物





「そろそろ、目録に書いてあった場所だけども」

 言いつつ、行く手を遮っていた足元に転がっていた巨大な花瓶をレリエルが蹴倒す。

 と、目の前に聳えるガラクタの山、その頂上で何かが動く気配。貴方とレリエルは立ち止まり、リトゥエが山の頂点へと眼を凝らす。

「なーんかまたやばそうなのが居るし。あれ、何?」

 小妖精は溜息混じりにレリエルに尋ねる。彼女は白衣の裾を軽く翻し、眼鏡の位置を直しつつ口を開いた。

「多分、ヒトの存在概念を人形に移したものじゃないかね。遥か古の時代から研究され、様々な派生を生んだ延命術のひとつさね。もっとも、人形に人の概念を移しきるのはやはり無理があったらしくて」

 ガラクタの頂上に居た人形達が跳躍。こちらに向かい真っ直ぐに落下してくる。

「……人の肉体を求めて、ああして襲ってくるわけ」

 レリエルは素早く長銃を構えると、連射。落下してきていた人形を器用に弾き飛ばす。しかし、それも牽制程度にしかならなかったらしく、彼等は貴方の立つ場所から少し離れた場所へと着地すると、ゆっくりと間合いを詰めてくる。

「迷惑だねぇ」

「全くだ」

 リトゥエとレリエル、二人は同時に小さく溜息をついた。



battle
遺法人形


 人形を破壊した後、ガラクタの山を掘り返し始めて三時間。

「あった、『黒の石柱』……確か、これがあのタイプのシステムを起動させるキイになっている筈だ」

 レリエルがガラクタの中から掌大の大きさの六角柱を掘り出す。あれが彼女の言っていた、装置を起動させるためのキイらしい。

「さて、これがあればあの装置は動く筈だけど……また『炎の封印』まで行かないとダメなのか」

「面倒くさいねぇ……」

 レリエルとリトゥエが憂鬱そうな声を出す。

 こちらも憂鬱だった。

剣の戦姫   つるぎのいくさひめ

──炎の封印 最深部──


 前回、遺跡内を徘徊していた円盤の大半を破壊していたせいか、遺跡の最深部への移動も至極スムーズに進んだ。

「あ~、着いた着いた。全く、最近肉体労働が多くて困るな。リトゥエちゃん、肩揉んでくれないかな」

「何言ってるの、年寄りくさいなぁ」

 長い長い階段を降り、あの『人形』が眠っている広間へと移動。ぐるぐると肩を廻して解すレリエルに、リトゥエが呆れたような声で答える。

「実際年だしねぇ。ま、それは良いとして……早速始めようか」

 眼鏡の縁を一撫でしたあと、貴方の方へと無言で手を差し出してくる。白衣の袖から伸びる手に貯蔵塔で見つけた石柱を渡すと、彼女はそれを握り締めて『人形』の周りを囲う機械の一つに無造作に差し込む。そして表面に取り付けられていたコンソールに指を走らせること数度。

「わぁ……ホントに動いた……」

 リトゥエが感嘆の声をあげる。

 中央で眠る『人形』を囲む機械達に電気の火が灯り、刻まれた印章──自分達が使うものとはまた別種の法則に従ったものらしいが──に強い輝きを生む。腹に響く唸り声は徐々に高まり、一定の音程を保って安定。同時に激しく明滅していた計器や表示機の灯りも適度な光量を維持する。

「あとは、スタータがまともに人形を起動してくれるのを祈るだけだけど……」

 更に数度コンソールに指を走らせたあと、機器の脇から生え出していたレバー三本を全て引き降ろし、同時に上方から迫り出してきた巨大なボタンを叩いた。

 騒音が一気に激しくなる。五つの機械から伸びたケーブルに淡い光が灯り、中央の寝台へと何かを送り込んでいるかのように脈動し、明滅する。最初のうちはせいぜい機械自体が小さく揺れている程度だったのだが、時間を経るごとにその揺れは大きくなり、比例して音もどんどんと激しくなっていく。

「ねぇ、レリエル……何だか凄い音でてるけど。っていうか、がっくんがっくん揺れてるし」

「揺れてるねぇ」

 音に負けぬようにレリエルのすぐ耳元にまで移動してきたリトゥエに、レリエルは顰め面で言葉を返して手元のコンソールを更に叩く。

 同時に、広間に響く音に別の音が混じった。ぎん、と何か硬質なものが弾け砕ける音が鳴り、次いで耳を劈く異音が連続的に響き始める。

 レリエルは細い顎に手をやり、軽く一撫で。

「これは──駄目かな?」

 と呟き、後方へと大きく飛び退ると同時。

 

 ──轟音。

 

 寝台の周囲を囲んでいた五つの機器が同時に火を噴き、そして大爆発。激しい爆音が広間に轟き、濛々と白煙が立ち上がり視界を尽くした。

「ごほ、ほっ、い、いきなり──」

 煙に巻かれて下へと降りてきたリトゥエがむせ返る。

「いやはや……これはまた、予想外だ。せいぜい動きが止まる程度だと思ってたんだけど」

 床に座り込みながらずれた眼鏡の位置を直しつつ、まるで独り言のように呟くレリエル。

 貴方は音と光、そして衝撃でふらつく頭を数度振って意識を保つと、ゆっくりと立ち上がる。

 爆発した機械は五つあるうちの三つまでが全壊状態。レリエルが操作していたものとその隣に置かれていたものは一応原型を保ってはいるが、あちこちから白煙をあげている。

 貴方は煙を上げる機械の隣を抜けて、中央にあった寝台へと近づく。あの爆発では寝台のほうもかなりのダメージを負っているだろうと思ったのだが……意外なことに寝台とその中に眠る『人形』は殆ど無傷の状態だった。ただ、寝台の上部を覆っていた硝子らしきものが所々砕けている。

「【NAME】、どう? 人形の方」

 背後からのレリエルの声に、貴方が見た状況をそのまま伝える。

「そう。でも……う~ん、『人形』が無事でもスタータがこれじゃな」

 言ってレリエルは機械と機械を繋いでいたケーブルを次々と外し、最後に煙を噴いている二台の底辺部を操作する。すると立ち昇っていた白煙が呆気なく止まった。

「うわ、直ったの?」

 貴方の頭上で手際よく動くレリエルを見ていたリトゥエが驚きの声をあげる。が、レリエルは小さく首を横に振った。

「いんや。単に応急処置しただけさね。ええと、メインの方はバックラッシュしただけだから動くけど、他の三機が吹っ飛んじゃったしねぇ。モニタリングくらいは出来るけど……この状態じゃとてもじゃないけど『人形』の起動は無理──」

「……りむはうどき?」

 唐突に響く、どこか気の抜けた声。

 その声は貴方のすぐ隣、寝台の上から聞こえた。

「【NAME】! その子──喋ったよ!」

「たっべゃし?」

 ぼんやりとした瞳は半眼の状態。色の薄い瞳が、貴方の顔を真っ直ぐに捉えた。

 そして数秒。視線を外す事無く貴方を見つめていた『人形』が細く小さく唇を開いた。

「──ふぁー」

 呟き、『人形』はのろのろと身を起こす。しかし、

「ああ、【NAME】君! その子、寝台から立たせないで。モニタが出来なくなる!」

 レリエルの指示が飛ぶ。貴方は身体を起こそうとする『人形』を反射的に寝台へと押さえ込んだ。

「ふぁー、ふぁー」

 両肩を抑えられた『人形』はただ同じ言葉を繰り返す。貴方は『人形』が力を抜いたことを確認してから手を離す。

「何これ……。レリエル、『人形』って動き始めた頃はみんなこんなのなの?」

 そんな彼女を上から見ていたリトゥエは呆れたように呟いた。

「いや……普通は起動時に完全に人格形成されているものなのだが……参ったな。どうやら基本システムの構築自体は終わっているみたいなんだけど、アドバンスドシステム上で動かすデータの転送が不完全な状態まま、起動システムが壊れたらしい。最低限の自律系が形成できてるかどうかも怪しいかな」

「ええと……つまりどういうこと?」

 意味が判らず尋ねるリトゥエに、機械に取り付けられていた表示機からレリエルは顔を上げると簡単に答える。

「外見は大人、中身は幼児」

「……なるほどね」

「ねどほるな?」

 納得顔で頷き答えたリトゥエの言葉を『人形』が反転させ、鸚鵡返しする。鸚鵡返しは何となくわかるが、何故に言葉が反転しているのかが謎だ。

「でもまぁ、これはこれで助かったかもしれんぞ。起動したお陰でこの『人形』の基本スペックが判ったが……どうやらこれ、試作の駆逐兵器だ。名前は……VAG-003-Bldsystem-ver0.83、ブリュンヒルド。駆逐系ってぐらいだから、完全にシステムが立ち上がっていたらあたし達に攻撃を仕掛けてきた可能性もあったわけだ。さっきの円盤みたいに」

「それは、ぞっとしないなぁ」

 呻くリトゥエ。確かにそれは嫌だ。『昂壁の翼』の貯蔵塔に足を運んでまで苦労して起動させた相手に襲われるというのは流石に遠慮したい。

「あ~」

 と、レリエルとの会話に気を取られていた貴方の背後から、あの『人形』──ブリュンヒルドの声が響いた。そしてそちらへと振り向いたリトゥエの表情がみるみるうちに強張る。

「……ね、ねぇ。何かいきなりスゴイ武器もってまスけど、あの子」

 慌てて振り返れば、いつの間にか寝台から立ち上がってたブリュンヒルドが、どこから取り出したのか両手に巨大な剣を一本携え、こちらをぼんやりと眺めていた。

「あれが主力兵器らしい。ええと……認定コードEK-090-ver3.2b、ハイダルグリファイン。三段変形可能の概念干渉兵器で、全兵装展開モードで効果範囲半径一マイル。七十六knの干渉力を発揮するとかどうとか。これは『人形』のほうと違って完品だね。保存箇所はそのベッドの下っかわ。取り上げとかなかったのはこちらのミスだねぇ」

「うあ─ッ! 一マイルとか七十六knとか意味全然わかんないけど凄くヤバそうだしッ! 【NAME】、逃げよう──!」

 などと叫ぶリトゥエの声に反応したのか、『人形』は己の胴回り程の厚みを持つ大剣を、片手だけでぶんぶんと振り回す。

「あー。ふぁー、ふぁー」

「ああっ! 振り回すな~!! ギニャー!!」



battle
つるぎのいくさひめ


 数分後。すったもんだの挙句、ようやくブリュンヒルドの動きを止めることに成功した。

「……疲れた」

 ぜはー、と貴方の真上に近い位置からリトゥエが深く息を吐く。

「ふぁー、ふぁー」

 それに対して、貴方の真下からは、どこか惚けたような声が聞こえる。ブリュンヒルドの声だ。

 機械の中央に取り付けられた寝台。そこに馬乗りになってブリュンヒルドを押さえ込んでいる。最初は紐か何かで括ろうとしたのだがブリュンヒルドの力は並では無く、あっさりと引きちぎられてしまった。その後色々試した結果、人間相手だと意外と大人しくしてくれることが判明したため、仕方なくこうなった訳なのだが。

「はぁ……。で、ええと……どうしようか、この子」

 尋ねるリトゥエに、少し離れた場所、ガラクタと化した機械類の上に腰掛けていたレリエルが困ったような声を出す。

「んー、どうしたもんかね。このまま持って帰って君等が連れ歩くというわけにもいかんだろうし、かといってここに捨てていくわけにもいかないし。一応はイキモノだからね。ここに放っていったら死んでしまう。流石にそれは寝覚めが悪い」

「え? 死んじゃうの、この子?」

「のうゃじんし?」

 寝台に押さえつけられたまま、半分眠っているような視線を上方へと向けていたブリュンヒルドが、意思を感じさせない──というよりもあまりにも気の抜けた感のある声を出す。

 どうもこの人形、相手の言葉の語尾をそのまま鸚鵡返しする癖があるらしい。

「……真似するのやめてよね」

「ねよてめや?」

「ああ、もーっ!」

「うもああ?」

 馬鹿馬鹿しいやりとりを繰り返すリトゥエとブリュンヒルドに、レリエルは軽く笑みを浮かべて立ち上がる。

「あのまま寝っぱなしの状態だったならタダのモノだけど、起動させたらナマモノになるのさ、このタイプはね。だから、放っておくと衰弱死だ」

 そこで軽く髪を掻きあげ、仕方ないといった調子で目を伏せ息を吐く。

「とにかく……一度あたしの部屋に持って帰るか。君等が要るというなら譲っても良いが、どうするね?」

 問われ、貴方は慌てて首を横に振る。大人子供の世話をするつもりなどさらさら無い。それ以前に、どうやって世話するのかすら判らない。普通の人間のように扱えば良いのだろうか?

 貴方の返答にレリエルは「そりゃそうよね」と呟き、片手で眼鏡の縁をなぞる。

「判った。ならさっさと帰る事にしよう。【NAME】君、もう彼女を立たせても良いよ」

 抑えていた手を離すと、ブリュンヒルドがゆっくりと立ち上がり、寝台から降りようとして──そのまま受身すら取らず真横に転倒。ブリュンヒルドの顔は先程と同じ無表情だが、傍から見ていたこっちが痛くなりそうな転び方だ。

「ふぁー」

 ブリュンヒルドは横向きのまま視線を動かさず、片手片足をばったばったと動かす。結構怖い。

「さっき無理矢理押さえ込んだから、バランス系が狂ったのか。ヌルいシステムだねまったく」

 言いつつ、眼鏡の縁から伸びた小さなコードを指に絡ませて弄ぶレリエル。

「取り敢えずあたしの眼鏡で動かすから、その子立たせて。確かこのタイプの人形は首のところにソケットが……」

 ブリュンヒルドの小さな身体を支え何とか立たせると、傍に近づいたレリエルが彼女の首元へ手を伸ばし、持ったコードを首筋についてたスリットに差し込んだ。

「……んじゃ、アビオニクスをこっちに廻して……システムを……」

 ぶつぶつと呟きながら忙しなく眼鏡の縁を触れる。すると彼女の眼鏡に何かの画像が浮かび上がり、同時にブリュンヒルドの動きがスムーズになる。

「さ、これで良いはずだ。『昂壁の翼』へ帰ろう。この子を動かすのにはちょっと神経使うから、移動中の戦闘は君等に任すからね」

剣の戦姫   スリープ

──昂壁の翼第二研究塔 第六上級研究室──


「はい、到着」

 いつもの研究室の前まで辿りつくと、レリエルが凝りを解すように軽く肩を廻す。

「ごくろーさま。っていうかレリエル、何だか人形師みたいだね」

「そんなに楽々動かしてるように見えるかね。結構ギリギリで動かしてるんだけど」

「どけだ、どけだ」

 レリエルの言葉にブリュンヒルドが反応し、声を出す。どうもレリエルが行っているのは彼女の身体に基本動作を行う指示を出すことだけで、基本的にブリュンヒルドは自由に動ける状態らしい。故に、こうして喋ることも可能らしい。

 手が離せないレリエルにかわり、貴方が彼女の部屋の扉をあける。

「おや、お帰りなされまて、レリエルサマ。そろそろ午前の掃除が終わりますので暫しお待ちを」

 中から返って来たのは頭に頭巾、手に竹箒とひどく家庭じみた格好をした背の高い青年だ。

「ああ、もう切り上げてもらって構わないよ。それより、何かかわりはなかったかね?」

「レリエルサマは随分とおかわってなされて。それは……ホムンクルスですかな?」

 カミオの問いに、レリエルは苦い表情で小首を傾げる。

「んー、どうだろうね。ちょい違うんだが、あんたにしてみれば同じようなものかね?」

 そのまま、ぞろぞろと室内へと足を踏み入れる。レリエル、カミオ、ブリュンヒルドに貴方達となかなかに大所帯だ。

「それでレリエル、その子これからどうするの?」

 貴方の頭の上に乗っかっていたリトゥエが尋ねる。確かに、そのことに関しては興味があった。

 レリエルは眼鏡の縁を数度触れてブリュンヒルドを床に──しかも正座で──座らせたあと、うーんと小さく唸る。

「取り敢えず、翼にある機甲系の『現出地形』からでてきた発掘物を片っ端から集めて、何とかこの子を再調整してみようと思う。『人形』はあまり発見された例も聞かないし、あたしだって前にカルエンスの方へ行ったときに『千蹴の鷹』に配備されてた雑務用の人形を少し調べさせてもらったことがあるくらいだから、上手く行くかどうかは判らないけど」

「ふうん。それじゃ、良い研究材料が出来て良かったんじゃないの?」

「そうでもないよ。こういった生体系は能力は絶大だけどデリケート、その上あまり面白みが無いんだわ。殆ど人と変わらんからね、造りが。どちらかというと、機械人形でなくて魔法人形寄りだからなぁ。解体もできんし」

「か、解体って……」

「ま、折角見つけたんだから、色々勉強させてもらうつもりではあるけどね。……というか、流石にここ暫く動き回りっぱなしで疲れたな。あたしはちょっと寝るつもりだけど、【NAME】達はどうするね? あたしは一眠りしたあと貯蔵塔の方を回って機材を集めてくるつもりなのだが、君等も一緒に──」

 遠慮します。

「──そう。それじゃ、また気が向いたら来るといい」

 言って手をあげるレリエルにこちらも片手をあげて返し、その場を辞そうと立ち上がったのだが。

「ふぁー」

 横に座っていたブリュンヒルドに袖をつかまれ、バランスを崩して片膝をつく。

「【NAME】、エラく懐かれてるねぇ」

 リトゥエの声に人形は顔をあげ、浮ぶ妖精を見据えて呟く。

「えねるて?」

「……てるねぇ、だよ」

 しかし困った。これでは帰ることが出来ない。

 膝をついたまま困り顔で固まっていた貴方の様子を見かねたのか、レリエルがまた掛けていたの眼鏡の縁を弄る。

「ああ、この子も寝かさないとね。どれ──」

 すると、元々眠たげだったブリュンヒルドの両眼があっさりと閉じられ、細身の身体がそのままこてんと横に倒れた。

「ありゃ」

 目を閉じ動かなくなったブリュンヒルドの頬の上へリトゥエが移動し、爪先でつんつんと頬を突いた。しかし、反応が無い。

「寝ちゃった……。レリエル、何したの?」

「これで【NAME】も帰れるだろう? 強制的にコードを送って半待機モードに切り替えただけさね。これでこっちが指示送るまでは目覚めない。で、あたしも眠気が取れるまで目覚めない。それじゃ、また今度ね」

剣の戦姫   あそぶ

──昂壁の翼第二研究塔 第六上級研究室──


「おや、【NAME】君。元気にしてたかね?」

「【NAME】サマ、リトゥエサマ、お久しぶりでございますれば」

 研究室へ入ると、レリエルとカミオが順々に挨拶。貴方も簡単に挨拶を返し、何かを探すように室内を見渡す。

「ね、レリエル、あの子元気? 様子見に来たんだけど」

 貴方の肩上から離れ、レリエルのすぐ傍へと移動したリトゥエに、レリエルは部屋の半分を埋め尽くす機械類の奥、壁際に置かれた物々しい椅子の上を指差す。

「元気かどうかは微妙なところだが、動いていることは動いているよ。ほら、そこの装置の脇に──」

「ふぁー」

 相変わらずの惚けた声と共に、椅子に大人しく座っていたブリュンヒルドが立ち上がる。それを見てレリエルが慌てた。

「あー、立つな立つな! まだ線が繋がったまま──」

 べたん。

 床の上に置かれていた機器に足を引っ掛け、頭から床に突っ込むブリュンヒルド。身体に取り付けられてたコード類がぶちぶちと剥がれる音がした。

「あああ──!」

 レリエルの悲鳴。

「ふぁー、ふぁー」

 ヒルドは暫しの間、仰向けのままばったばったと四肢を動かしたあと、何とか身を起こす。あのままこけっぱなしでない分、若干の成長の跡が見られた。

「ああ、データにノイズが……。ほら、ヒルド! こっちおいで!」

 手招きするレリエル。しかし『人形』はレリエルのほうへぼんやりと視線を向けたまま首を傾げる。

「でいおちっこ?」

「こっちおいで!」

 暫し考え込むように沈黙。

「……ふぁー」

 しかし、のっそりと立ち上がった彼女はレリエルの方ではなく、貴方のほうへとてこてこと歩いてくる。そんなブリュンヒルドを見て、レリエルががっくりと肩を落した。

「ったく、言語野の方にあたし等の使う言葉の基本法則を叩き込んでおいたはずなんだけど、どうもダメだな。カミオといいヒルドといい、あたしの周りにはまともに喋れん奴しか集まらないのかね」

 ほとほと疲れ切った調子で呻くレリエル。確かにこの人形といい、カミオといい、まともな言葉を喋る者が居ない。

「ええと……」

 気落ちした様子のレリエルの気を紛らわせるように、リトゥエはレリエルの肩の上へと着地し、口を開いた。

「でもさ、こうしてみると本当に普通のヒトみたいだよね、この子。……えと、ヒルド、だっけ? 名前」

「正式にはブリュンヒルドって言うらしいけど。長いからヒルド。一応それも刷り込んだから、自分が呼ばれているってのはわかってる筈なんだけど……」

 レリエルがそのまま視線をヒルドの方へと移す。

「ふぁー、ふぁー」

 相変わらず、ヒルドはこちらの傍から離れる気配が無い。

「ダメだなこれは。起動時に【NAME】のことをインプリンティングでもしたのか? 鳥じゃあるまいし」

「っていうか、この子の言う『ふぁー』って結局何なの?」

 リトゥエの問いにレリエルは軽く眼鏡の縁を撫でる。

「拡張用の記憶片を探った限りでは、ヒルドの開発に携わってた人物の名前か何かみたいなんだけど……」

「父親、みたいなものだったのかな……」

 少し沈んだ調子で呟くリトゥエに、レリエルは小さく眉を顰めて己の唇を軽く指で撫でた。

「どうだろうね。まあ、『人形』に父親も何も無いと思うんだが、この子を製作していた連中が余程過保護だったのか」

「かのたっだ?」

「違う。だったのか」

「だっかのた?」

「違う! だったのか!」

「だったかの?」

「…………」

「まだ微妙に違うね」

 カミオ、ヒルドの二人を除いてその場に居た全員が脱力。

「……いくら別の機械を使用してのこととはいえ、基本システムレベルから再調整して未だこの状態だからな。先が思いやられる」

 頭痛を抑えるような仕草で呻くレリエル。しかしヒルドの方はそんな周囲の者達の様子など全く無視し、

「ふぁー、ふぁー」

 と呟きながら、貴方の服の袖をくいくいと引っ張る。どうも先程から何かをねだられているようなのだが、それが何なのかはさっぱりだった。

 困りきった表情で固まっていた貴方は、この『人形』が何を求めているのかをレリエルに尋ねてみる。この中では一番人形について知っているのは彼女だろう。

「あ~、多分あれじゃないかね。構ってほしいんだと思う。【NAME】君、その子と遊んでやってくれないかね? 他者との交流は人格形成にはとても大切なことだからな。あたしとばかり話していても問題がでるし、カミオでは──」

「カミオ、ではなく『カミちん』でございますれば、レリエルサマ」

 間髪入れぬ返答にレリエルは深く溜息。

「カミちん相手だと、余計ヘンな風になりそうだからな。かといって、翼に居る連中に事情を話すと色々面倒くさそうだし」

 レリエルはそういうのだが……さて、どうするか。





──昂壁の翼 中庭──


 午後の暖かな日差しが降り注ぐ『昂壁の翼』の中庭。貴方は設置された木製の長椅子に腰掛けてゆっくりとした時間を過ごしていた。

「なんかこう、のんびりするねぇ~。『昂壁の翼』って結構実用一点張りな印象があったけど、ちゃんとこういう憩いの場ってのもあるんだね」

 傍らに咲いていた花の上に座ったリトゥエが上機嫌で呟く。

 意外なことに、この『昂壁の翼』の中庭の真中にはかなり大規模な花畑が広がっていた。しかも咲いている花はみな美しく希少なものばかりで、他の都などで見掛ける庭園などとは一線を画すものとなっていた。

「まぁ、なんであんなものがここにあるかっていうと、単に薬花毒花を集めて植えていったらああなったってだけらしいんだけどね」

 というのが、何故あんな豪華な庭が魔術学院である『昂壁の翼』にあるのかとレリエルに尋ねたときの返答だ。夢も希望も無い。

「あー」

 と、ぼんやりと考え込んでいた貴方の耳に、どこか間延びした声が届いた。少し伏せ気味だった顔を上げて、眼前に広がる茎の短い花々が咲き誇る場所へと視線を移すと、穏やかな風に誘われて宙を舞う花弁と、蜜を吸うため花に群がる煌びやかな蝶の群れに包まれながら、どこを見つめるでもなく頼りなげに立つヒルドの姿が見えた。その肩や髪には何匹かの蝶が止まり、羽を休めている様はなかなかに幻想的で、ヒルド自身が持つ独特の雰囲気と相まってどこか引き込まれるような印象を見るものに与える。

「……ふうん。元が綺麗な子だし、黙って立ってればああいうのも絵になるねぇ」

 などとリトゥエが感心した風に言った傍から、ヒルドは肩に止まっていた大きな蝶へとゆっくりと手を伸ばすと。

 

 ぐしゃり。

 

「うあーっ、握りつぶした──!!」

 悲鳴をあげて仰け反るリトゥエと絶句する貴方。しかしヒルドはこちらの様子など気にした風も無く、舞う花弁や蝶々達の合間をとことこと歩いて貴方の傍まで戻り、

「ふぁー、ふぁー」

「しかも見せにくるし──っ!」

 手を貴方の眼前に突き出して無造作に開いてみせるヒルドに、リトゥエが目をぐるぐると廻しながら絶叫。差し出したヒルドの掌には、燐粉と体液が交じり合ったものがべったりと張りついていた。あまり目の前で見たくないものではある。

「お、お、お馬鹿ー!! ヒルド! こんなことしちゃダメでしょ!? ほら、【NAME】も怒って怒って!」

 いや、怒ってといわれても。





【※取り敢えず叱ってみた場合】


 取り敢えず叱ってみた。

「…………?」

 しかしヒルドは小さく首を傾げるだけで、何の反応も示さない。

 やはり無駄だったか。貴方とリトゥエ、がっくりと肩を落す。

「まあ、気を取り直して……取り敢えず、手を洗わないと。ええと、水場はどこだろう?」

「うろだこど?」

 少し高く浮き上がりぐるぐると周りを見回すリトゥエを真似て、ヒルドもふらりふらりと身体を廻す。どこか小動物じみた忙しなさで動くリトゥエと、鈍いという言葉をそのまま体現したようなヒルドでは、同じ仕草をしている筈なのにまったく別のことをやっているようにもみえる。

 リトゥエが目的のものを見つけたのか、ある方向で身体の向きが止まる。どうやらそちらに水場があるらしい。

「ああ、あそこか。じゃ、私が連れてってあげる。ヒルド、こっちこっち」

 言ってふわりとヒルドの眼前に舞い降り、水場のある方向を指し示してみせるリトゥエ。ヒルドはそんな妖精の姿をぼんやりと見つめたあと、

「あー」

 目の前にあるリトゥエの身体へ己の小さな手を伸ばし、むんずと掴む。

「え?」

 そしてヒルドの指先に、ぐっと力が篭もるのが傍目からでもはっきりと見えた。

「ギニャ──ッ!!」

 次の瞬間、午後の麗らかな庭園に響き渡る悲鳴、というより奇声。

「痛い痛い痛い! 【NAME】、助けて~っ!!」

 

 

 奮闘数分。

 半分握りつぶされかかっていたリトゥエをようやく救出成功。

 その後、リトゥエと二人で説教開始。

 馬に向かって説法をしているような気分だが、いつこちらに危害が──ブリュンヒルド自身に害意がないとしてもだ──加えられるかわからない状態のまま放置しておくわけにはいかない。

「──判った? 生き物というか、動いてる相手にああいうことしちゃダメ!」

「……めだゃちし?」

「ああもうッ! 聞いているのか聞いてないのかッ!」

 多分聞いてないだろう。貴方とリトゥエ、同時に深々と溜息をつく。

 と、そこでリトゥエが何かに気づいたのか、ぽんと己の両手を合わせてみせる。そしてぼんやりとした表情のブリュンヒルドの目の前へと──かなり危険な行為だ──移動すると、一語一語はっきりと、真剣な面持ちで問い掛ける。

「ヒルド。これからは、ああいうこと、しちゃダメだよ。判った? ……たっかわ」

「……わかった」

「やったー! まともに喋ったよーッ!!」

 ……というか、違うだろうそれは。



 などと大騒ぎしているうちに時間は過ぎ去り、翼の上方を埋める空は徐々に蒼から藍の色へと変化し始める。

 夕暮れの日が差す花畑の中をぼんやりと立っていたブリュンヒルドが、唐突にこちらに振り返り、小さく唇を開く。

「ふぁー。おなか、すいた」

 その言葉に、半死半生の体で長椅子にぐったりと寄りかかっていた貴方とリトゥエが驚きで目を見開く。

 先程の言葉は、今までのこちらの問い掛けに対する反射的な返答ではなく、明らかに彼女が自発的に発した言葉だった。てっきりこの人形、相手の喋っている言葉をただ鸚鵡返し──にすらなっていないのだが──するしか出来ないものと思っていたのだが。

「なぁんだ、まともに喋れるんじゃない……っていうか、ヒルドってモノ食べるの?」

「……のるべした?」

 その返事に空中で器用にこけてみせるリトゥエ。

「のるべした、じゃなぁ~いッ! ああもぉ、喋れるのか喋れないのかはっきりしてよぉ!」

 全くだ。





【※何となく褒めた場合】


 何となく褒めてみることにした。

「褒めるな──ッ!」

 背後からリトゥエ渾身の突っ込みが貴方の後頭部に突き刺さる。頭を擦りながら後ろへ振り向いた貴方に、リトゥエが手をばたばたと振って喚く。

「ヘンなこと教えちゃヤバいよ、この子、戦闘用なんでしょう? 今はなんかぼけぼけーってしてるから良いけど、乱暴なこと教えたりして本能に目覚めちゃったら危なくない?」

 ヒルドのような『人形』に本能があるのかどうかは知らないが、リトゥエのいうことにも一理ある。相手は曲りなりにも『現出地形』から出てきた品だ。迂闊なことを教えるとこちらの命に関わってくる可能性もある。

 慌てて叱ろうとヒルドのほうへと向き直ると──

「うあ、なんかさっきまでと表情が……」

 引きつった声を出すリトゥエの言う通り、今まで意思というものを殆ど感じさせなかった虚ろな両眼に、うっすらとではあるが喜の色が混じる。

「……やば、なんかスイッチ入った?」

 などと呻くリトゥエを無視し、ヒルドは手にへばりついていた蝶の残骸をぱんぱんと空いた手で叩く。

 そしてくるりと身を翻し、花畑のほうへと頼りなげな調子で走っていった。花畑には未だ数多くの蝶達が、次の瞬間訪れるであろう己の運命を知らず、のんびりと宙を舞っている。

「うわー! 蝶々殺しにいってる殺しにいってる!」

 リトゥエの声に我に返った貴方は猛ダッシュ。

 花畑の隅に突き刺してあった大剣を手に取り、勢い良く振り下ろそうとしたブリュンヒルドを慌てて止めた。





【※無視して放っておいた場合】


 試しに無視して放っておく事にした。

「…………」

 無言。

「…………」

 無言。

「…………」

 無言。

「──っていうか、私が堪えられないよぉ~!!」

 突然叫び、頭を抱えて空中をぐるぐると回るリトゥエ。まさに、普段騒がしい者は沈黙が酷く苦手であるという法則を地で行っている。

「とにかく、その手なんとかしなさいよ……。【NAME】、水場まで連れて行ってあげたら?」

 面倒だが、仕方ない。

 貴方は立ち上がると庭の外れにある井戸の方へと数歩進み、ヒルドを呼ぶ。だが彼女は小さく首をかしげると、貴方の居る場所から反対となるほうへととろとろと駆けていってしまう。

「ちょ、ヒルド、そっちじゃないってば!」

 リトゥエの声が聞こえている風も無く花畑へと歩いていくと、地面に置いてあった大剣をもって、ふらふらよろめきながら戻ってくる。どうやらあの剣を取りに行っていたらしい。

「へぇ……。喋れないだけで、意外と行動のほうはしっかりしてるんだね」

 感心したように呟くリトゥエ。しかし。

「……でも、蝶を潰した手で、あの剣の柄握ってるんだよねぇ」

 どうやら、あの剣の方も洗わないとならないようだ。






「ご苦労様でございござい、【NAME】ドノ、リトゥエドノ。それにヒルドも」

 レリエルの研究室へと戻ってきた貴方とリトゥエ、そしてヒルドを、相変わらずな調子のカミオが迎えてくれる。前に一度、レリエルにカミオの話し方を矯正したほうが良いのではと話したことがあったのだが、未だにこの調子だ。

「で、どうだったかね。えらく長い間遊んでいたみたいだけど、楽しかった?」

 窓際に置かれた椅子に腰掛けていたレリエルが、どこか愉快げな調子で尋ねてくる。彼女の背後にある窓から見える外の景色は既に夜のものだ。正午から遊び始めてこの時刻、彼女の言うとおり、かなりの時間を外で過ごしていたらしい。

「楽しいわけないじゃない」

 肩上に座っていたリトゥエが不機嫌そうに呟く。

「……めっちゃくちゃ大変だったよ、まったく」

「まあ、毎日毎日、あの子の世話してるあたしらの苦労を少しだけでも判ってもらえたようで、結構な事だ」

「……同情する」

 今まで浮かべていた笑みを一変させて憂鬱そうな表情を見せるレリエルに、リトゥエが気の毒そうな表情で呟いた。

「さて、それじゃあたしは早速ヒルドの調整やるかね。カミちん、準備して」

「了解されますれば」

 レリエルの指示を受け、傍らで控えていたカミオが部屋の隅に置かれていた黒塗りの機械類を室内に広げ始める。一気に部屋の面積が狭くなっていく。

「どうもこの子、長々と休眠状態だったせいか意外と身体が貧弱でね。少し動くとすぐに疲労が溜まってしまって。ほら、おいでヒルド」

「あー」

 ふるりふるりと、こちらとレリエルの顔を数度見比べた後、ヒルドは頼りない足取りでレリエルのほうへと歩いていった。

 さて、後はここにいても邪魔になるだけだ。貴方はレリエルとカミオ、そして壁際の物々しい椅子に座るヒルドに軽く手をあげ挨拶してから、その場を立ち去った。

剣の戦姫   まなぶ

──昂壁の翼第二研究塔 第六上級研究室──


「ふぁー」

「……わぁ、笑ったぁ」

 レリエルの研究室へ訪れた貴方とリトゥエの前に現れたのは、ほんの少しではあるが感情というものをみせるようになった『人形』。

「うん。この前【NAME】が遊びに来てから色々と進歩してね。なんとか表情くらいはでるようになってきたみたいだ」

 その姿を満足げに眺めるレリエル。

「あと、あれから言語系の拡張記憶領域を調べ直してみたら幾つかのフィールドで破損してるところがあってね。今まではこっちの言葉を殆ど理解できてなかったらしい」

「へぇ~、なら今なら判るの?」

 素直に感心した調子で尋ねるリトゥエに、レリエルは考え込むように口元を抑えて視線を外す。

「いや、それがなぁ。理解は出来てると思うのだけど──」

 そこまで言って、視線をヒルドの方へと移す。

 視線が自分に集中したの感じたのか、ヒルドは貴方とリトゥエ、そしてレリエルを順々に見たあと、ぽつりと言葉を発した。

「ぶうょじ、だ」

 …………。

「相変わらず、話す方はぶち壊れてるねぇ」

「それがね~、まだどこか壊れている場所があると思うのだけど、それが見つからなくてねー」

 苦笑するリトゥエに、レリエルが取り繕うような声を出す。

「上手く故障箇所をキルしてから言語野をリビルドしないと他の問題が出てきそうだし──ま、今の状態でも情報蓄積はする筈だから、君も適当に構ってやって」

「ふぁー、あそぼう」

 レリエルの言葉に合わせるように、ヒルドはぐいぐいと貴方の袖をひっぱるのだが……さて、どうしようか。





 別にこれといった用も無いので、適当にヒルドと遊んでやることにした。

 でも、一体どう遊んでやれば良いものか。前回と同じように、花畑にでも向かうくらいしか思いつかない。

「なら、言葉遊びとかどうさね」

 そこへレリエルの声。

「言葉遊び……って、この子まともに話せないじゃない。どうする気?」

 リトゥエに半眼で突っ込まれるが、レリエルは片目を閉じてひらひらと手を振ってみせる。問題ない、といった仕草だ。

「でも訓練にはなるからね。悪くないと思うよ。一応はノウハウを蓄積して動くタイプだから、やっても無駄じゃない。というか、他の遊びよりは全然良い」

「ふうん。でも、何すれば良いのかな」

 肩の上に降り立ち尋ねる妖精に、レリエルは腕を組んで首を傾げ、

「そうだねぇ……『しりとり』とか?」

「かと、りとりし?」

 彼女の言う『しりとり』とは、ある単語の語尾と同じ音を先頭の持つ単語を順々に言い合い廻していき、途切れたら負けという遊びだ。

 だが、それは明らかに──

「──無理なんじゃない? っていうかルール知らないだろうし」

 リトゥエの言葉に貴方も同意の頷き。レリエルも「それはそうか」と再度首を捻る。

「なら、ルールを教えるところから始めてみようか?」

「先の長い話ねぇ。『しりとり』よりも『ものつらね』のほうが良いんじゃない?」

 軽く肩を竦めてリトゥエが言う。『ものつらね』は『しりとり』と違い、まず特定カテゴリを取り決めた後、それに含まれる名詞をどんどんと繋げ、語彙が絶えたものが負けというルールの言葉遊びだ。

「ああ、確かにそうか。あれならば物の分類についてを理解する必要があるからね。ルール教えるのも『しりとり』より簡単だろうし。じゃ、それで行ってみようか」



「うーん、アルビノレイヴンかね」

「ガ、ガ、ガルファルコン?」

「りかーばっと」

 レリエル、リトゥエが迷いながら順々に答え、最後にヒルドが間髪入れず答える。

「…………」

 貴方は既に敗北。カミオはこちらの世界で確認されていないモンスター名を言ってしまい敗北。

「ううう~ん、眼鏡無しだと辛いな。あー。ワイヴァーン……は羽があるから、一応オッケーかね?」

「まぁ、オッケーでしょ。次、私か。ええとええと……あーうー、グ、グリフォン? はもう言ったっけ?」

「ああ、まだそれがあったか。大丈夫、言ってない。次、ヒルドだよ」

「とぅくとぅく」

 順番となったヒルドはまたも間髪入れず返答。

「と、とぅくとぅくー!? 何それ、そんなの居るの?」

「……ええと、ちょっと待って」

 言って、レリエルは仕舞っていた眼鏡を取り出す。あの眼鏡には様々な事柄についての情報が収められているらしく、「掛けたままだとずるいぃ~!!」というリトゥエのクレームによりゲーム中は外しているのだ。

 レリエルが眼鏡を掛けて数秒。

「うわ、居るわ。『虹色の夜』初期に極少数確認され、速攻で駆逐されたらしい。絵で見る限りは……羽あるね。ついでに脳味噌が美味とか書いてある。誰が書いたんだこれ?」

「そんなの聞いたことも無いよ……。でも、どこからそんな知識仕入れてきたんだろう、この子?」

 リトゥエが胡散臭げにヒルドを見るが、彼女にはリトゥエの視線の意味など判る筈も無く、ただ首を傾げるだけ。

「うう~ん。──ああ、そうか」

 その言葉に眉根を寄せて考え込んでいたレリエルが、ぽんと手を叩く。

「そういや、こっちで基本システム調整したときに、この眼鏡に入ってたデータベースを渡したんだっけ。……そりゃ無敵だよねぇ。これには数百種以上のディオーズのデータを入れてあるし」

「な、なぬ──!? それじゃ勝てるわけないじゃない! ヒルド自身が辞書みたいなものなんでしょ」

「えいとうぃんぐ、あくばば、りんもんずらんぷれぃ──」

 ヒルド、という言葉に反応したのか、また次々とディオーズの名前をあげていくヒルド。まだまだ出てきそうだ。

「ああ、もう止め止めーっ! なんかすっごい無駄なことしてた気がするー」

 叫び、リトゥエがぽてりと床にひっくり返る。レリエルも眼鏡を外し、こめかみを揉み解しつつ息を吐いた。

「まあ、最初の目的はこの子の理解力とかの確認みたいなものだったし、良いんじゃないかね。取り敢えず、永的記憶野へのデータアクセスは上手くいってるみたいだしね」

 などとレリエルは言うのだが。

「すま、てっいくまう」

「……でも相変わらずこっちは壊れてるね」

 相変わらず喋りがおかしいヒルドに、レリエルは苦笑。

「単語レベルでの発声は一応いけてるくさいんだがなー。ま、今日はこんなところかね」



「ご苦労様でございござい、【NAME】ドノ、リトゥエドノ。それにヒルドも」

 カミオに労われつつ、入れてもらった茶を飲む。

「何かこう、労働の後の一服って感じね……」

「全くだ。前よりは大分楽にはなったが、やはり疲れる……」

 リトゥエとレリエル、手にもったカップをちびりちびりと啜り、リラックスしているのか脱力しているのか良く判らない調子で呟く。

「さて、それじゃあたしは早速ヒルドの調整やるかね。カミちん、準備して」

 茶を飲み終え、カップをカミオに渡してからヒルドが立ち上がる。

「了解されますれば」

 レリエルの指示を受け、傍らで控えていたカミオがカップを片付けた後、部屋の隅に置かれていた黒塗りの機械類を室内に広げ始める。一気に部屋の面積が狭くなっていく。

「ほら、おいでヒルド」

「あー」

 ふるりふるりと、こちらとレリエルの顔を数度見比べた後、ヒルドは頼りない足取りでレリエルのほうへと歩いていった。

 さて、後はここにいても邪魔になるだけだ。貴方はレリエルとカミオ、そして壁際の物々しい椅子に座るヒルドに軽く手をあげ挨拶してから、その場を立ち去った。

剣の戦姫   おでかけ

──昂壁の翼第二研究塔 第六上級研究室──


「ふぁー。おはようございます」

 レリエルの研究室へ足を踏み入れると、部屋の中央に座っていたヒルドがこちらに気づき、ゆっくりとした動作でお辞儀した。

「…………」

 貴方とリトゥエ、突然のことに暫し固まる。

 まさか、ブリュンヒルドに「おはようございます」と言われるとは。

「どうしたの、ふぁー?」

 そう尋ねてくるヒルドに更に驚愕。

「え、え、ええと……貴方、ヒルドのコピー? 双子?」

 完全にパニック状態なのか、かなり訳の判らないことを尋ねるリトゥエ。だが今日のヒルドは一味も二味も違うらしく、

「……? どういういみか、わからない、です。ごめんなさい」

 などと律儀に答えてみせて、小妖精の混乱に拍車を掛ける始末。

「うわ──ち、ちゃんと返事できるようになってるしっ!! どういうことよッ!?」

 目をぐるぐると廻しながら貴方の襟を掴み、混乱しきった様子で叫ぶリトゥエ。そう言われても貴方には答えようがない。

「れりえるが、なおしてくれた、です。もう、へいき」

 代わりに答えてくれたのが、またもヒルド。

 彼女が言うには、前回訪れた時にレリエルが言っていた問題点を何とか解消することが出来たらしく、おかげで今まで根強く残っていた言語系の機能障害がすっかり改善されたのだと。それに伴って停滞していた学習能力も増し、情緒面の成長も著しくなった、ということらしい。

「ええと、つまり……あの返事がいっつも反対語になるのが直ったってこと?」

 何故か恐る恐るといった調子で尋ねるリトゥエに、彼女はこくりと頷くと、

「ふぁー、あそぼう」

 とことこと貴方の傍へと歩み寄り、いつものように袖を引く。

「ええと……ねぇ、ヒルド。レリエルとカミオはどうしたの?」

 ようやく落ち着いてきたリトゥエの問いに、ヒルドは妖精の方へと視線を移し、答える。

「れりえると、かみちん、どこかへぽいぽいのぱぁ」

「……はぁ?」

 頭上に疑問符を浮かべて固まるリトゥエ。

「ぽいぽいのぱぁ、です」

「…………」

 言語系の障害……本当に直っているのか?



 リトゥエと貴方、顔を突き合わせてヒルドの「ぽいぽいのぱぁ」の意味について考え込んでいたところに、レリエルとカミオが戻ってくる。

「──あ、レリエル。それにカミちんも」

「お久しぶりだしてね。【NAME】ドノ、リトゥエドノ」

 貴方とリトゥエに向かい、カミオが深々と礼。両手に持っていた紙袋ががさりと音を立てる。

「どこ行ってたのよ、この子置いてって」

「んー? いや、服を仕入れてきただけさね。今のヒルドなら置いていってもそれ程問題ないしね」

 リトゥエの問いに簡単に答え、両手に持っていた紙袋を床に投げるレリエル。拍子に紙袋の口から何着かの服が床に広がった。となれば、カミオの両手にある袋の中身も恐らくは服だろう。

「うわー、一杯買ったね。でもこれ……レリエルが着るの? なんというかこう……」

 リトゥエは言葉を濁し、服を一つまみしてレリエルと見比べ、眉を顰める。彼女が持ってきた服はひらひらとしたフリルがついていたりパステルカラーであったりと、レリエルが普段着込んでいる素っ気無い白衣とは凄まじいまでの差異がある。

「似合わないかね?」

「うん」

 確かに似合わない。

「……はっきり言うなぁ。このこの」

「いふぁいいふぁいいふぁい」

 妖精の頬を暫く押したり伸ばしたりしたあと、レリエルは軽く髪を掻きあげて、少し困ったような調子で言う。

「ま。あたしにこういうのが似合わないことくらい判ってるさ。これはあたしが着るわけでなくてヒルドが着るんだよ」

「?」

 視線が自分に集まったのを感じたのか、部屋の隅にある椅子にぼんやりと腰を降ろしていたヒルドが小さく首を傾げる。

「なるほど。ヒルドの服か。……うん、確かにこの子ならこういうのも似合うかも」

 ふんふんと頷くリトゥエ。

「そろそろねー、この子外に出してあげようと思うんだけど。翼の中だとやっぱりやり辛くてね。君等が来てくれて丁度良かったよ」

 言って、貴方に向かってにっこりと微笑むレリエル。どうにも、嫌な予感がする。

「という訳で、君等にこの子をお願いしたいんだが良いかね?」

 予想通りのレリエルの言葉に、貴方は深く溜息。というより、どの辺りが「という訳」なのだろうか。

「そんなこと言われても、私達この子の整備の仕方とか何にも知らないよ? モノ食べるのかどうかとかも知らないし」

「前に言わなかったかね。身体のつくりはあたし等と殆ど同じだから、食べ物も同じ。排泄もあるよ。前と違って身体の方はかなり出来てきたから整備とかはもう殆ど必要も無いし。たまにこっちにもって帰ってきてくれたら良いよ」

「【NAME】、ど、どうする?」

 どうすると言われても……どうしたものか。





 仕方ない。ヒルドを連れて行くことにした。

 そうレリエルに伝えると、彼女はふむと小さく頷き、床に置いていた紙袋をがさごそと漁り、一着の服を取り出した。

「そうと決まればおめかししないとねぇ。ほら、ヒルド。着替えるよ」

 ヒルドは眼の前に広げられた服を凝視する。

「いや、です」

 ぶんぶんと、首を横に振った。

「いまのふくが、いいの」

「…………」

 沈黙が室内を包み込む。

「──驚いた。嫌がられたよ」

 ようやく驚きから醒めたレリエルが、手に服をもったまま小さく肩を竦めてみせる。

「なんかこう……成長したよねこの子」

 傍で見ていたリトゥエもどこか感慨深げだ。

 ヒルドは部屋の隅に並んでいた機械類の間から一本の大剣を引き抜き、とことこと貴方の隣に立つと軽く小首をかしげ、呟く。

「ふぁー。いこう」

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