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禍狩りの翁   森を覆う影

──第四街路アルラムーザ・ラケナリア依頼斡旋公社──


 貴方は公社に掲示されていた依頼、『森を覆う影』についての詳細を尋ねようと、窓口に居た女性に声を掛けたのだが。

「あら。もうこの依頼受けつけていませんよ」

 という女性の答えに、思わず固まってしまう。慌ててどういう事なのか尋ねてみると、

「つい先程、他の方がこの依頼を請ける手続きをされたので……ほら、あの方です」

 言って女性が指差した先には、公社の壁に貼られていた広告に目を通していた黒服黒帽子の老人の姿があった。

 貴方達の視線に気づいたのか、老人はゆっくりとした動きでこちらに振り返り、話し掛けてくる。

「? どうかしましたか?」

 落ち着いた声で尋ねられ、貴方はどうしたものかと首を捻る。事情を話したところで既に手続きは済まされているわけで、見ず知らずの者に対して仕事を譲れとは流石に──などと考えていたところに、貴方の懐に収まっていたリトゥエが唐突に声をあげた。

「ねね、お爺さん。貴方が請けた依頼、私達に譲ってほしいんですけど。……ダメ?」

 不躾すぎだ。

 突然顔を出した小さな妖精の言葉に目を白黒させた老人に、貴方は慌てて謝罪する。と、

「──ああ、貴方もあの依頼を。では、そうですね……」

 手に持った木製の杖を軽く顎に当て、老人は暫し思案。

「なら、折角ですし共に行きませんか? 人数は多い方が危険は減りますしね。報酬の方は私とそちらで半分。どうです?」

 願ってもない申し出だった。報酬が半分というのは辛いが、それでも公社に登録されている依頼の中では十分に高額の部類に入る。貴方はこくこくと忙しなく頷く。

「そうですか。では早速参りましょうかね。窓口の方で詳細についての説明は既に?」

「ううん。話聞こうとしたら既に依頼は他の人が受けてるって言われたから……」

 老人の言葉に貴方が返事するより早く、懐のリトゥエが再び声をあげる。

「判りました。では現場に移動する合間に私が説明しましょうか。……と、その前に。妖精のお嬢さん、お名前は?」

 問いに、懐の妖精は露骨に眉を顰め、

「先に名乗るのが人間の礼儀じゃないの?」

 などと生意気に返答する。先程自分がした失礼極まりない問い掛けはすっかり忘却の彼方のようだ。老人は苦笑いすると深々と一礼。

「私はラムーザ信奉アルマナフ正教会に属する鎮魂師、エリン・オージュと申します、妖精のお嬢さん」

 老人──エリンの大袈裟な仕草に少し笑みを浮かべてリトゥエがこちらの懐から飛び出すと、空中を数度優雅に舞って老人の眼前でぴたりと留まる。

「エルセイドのニルフィエクィーン『月夜に咲く女王』の系譜に連なる『観察者』、リトゥエ・アルストロメリア。以後お見知りおきを」

 そして優雅に一礼した後、貴方の方を指差して、

「で、あれが【NAME】」

 ……えらくそっけない。もう少し言い方もあるだろうに。



 貴方と老人はラケナリアの都を離れ、東の方角へと伸びる街道を進む。依頼について老人から受けた説明はこうだった。

「ラケナリアから東へ徒歩で数時間程進んだ先に、コントルという小さな村がある事をご存知ですかな?」

 聞いた事も無い。肩に止まっていた妖精の方へ視線を移すが、こちらも全然知らないとばかりに首を数度横に振った。

「そうですか。コントルという村は人口百人程度の村でして、近隣の森などでの狩猟、農耕などを行って生計を立てているそうなのですが、近頃、彼等が狩りを行っている森で不気味な影が出没しているそうでしてね」

 不気味な、影?

「人型で輪郭がぼやけた灰色に近い色をもつ影。恐らくは禍魂の類でしょう。幾人かはその影に襲われ、命を落とした者も居るそうです。私達の仕事は、彼等の鎮魂ですよ」

 と、そこでふと何かに気づいたように老人は手をぽんと鳴らし、こちらに振り返る。

「先に言っておきますが、禍魂の類には物理的な攻撃は通用しません。それなりの準備を今のうちにしておいて下さい」





──巫都ラケナリア近郊 名も知れぬ森──


 コントルの村から少し離れた位置にある、名も知れぬ森。取り敢えずやっては来たものの、話に聞いた不気味な人影とやらは一向に姿を現さない。

「森に居るのは確かなようなのですけどね。……誘き寄せてみますか」

 エリンは軽く周囲を見渡し、高さ四メートル程の樹の前へ立つ。そして懐から取り出したのは複雑な印章が刻まれた札と杭。それを小さく祝詞を唱えつつ樹に打ちつける。

「これで良い筈です。禍魂というものは、己が宿るための形ある器を求めるのが常でしてね。今、この樹は彼等には最高の器であるように見えている筈です。あとは、禍魂がここへ集まってくるのを待つだけ──」

 と、老人はそこで唐突に言葉を切り、森の片隅へと厳しい視線を送る。貴方とリトゥエはその視線を追い、

「うわ、出た……」

 呻くリトゥエ。老人の視線の先には、前もって聞いていた情報どおりの──人型で、ぼやけた輪郭を持つ、灰色に近い形の──影が無数、空中に浮んでいた。彼等は木々の合間を音も無く滑り、真っ直ぐにこちらに迫ってくる。

「どうやら、待つ必要もありませんでしたね。行きますよ、【NAME】さん」

 老人は左手に杖を、右手に札を持ち、身構えた。慌てて貴方も武器を抜き放ち構える。



battle
迷い出た幽霊


 這い寄る影は切れ間無く現れ、倒しても倒しても次々と襲い掛かってくる。

「迷わぬことです。純粋な力で、ただ彼等を鎮めていくと良い」

 エリンは手に持った杖を逆手に構え、短い祝詞を謡う。同時に杖が乳白色の光を纏った。



battle
迷い出た幽霊


「一通り、鎮め終わりましたか。【NAME】さんも、大丈夫かね?」

 手に持った杖で軽く地面を叩くと、エリンは貴方の方へと振り返り尋ねる。連戦続きで正直あまり大丈夫とはいえないが、貴方は何とか頷きで返す。

「そうですか。この森に残留していた概念はあらかた鎮め終わったようだし、これでこの森も暫くの間は静かになるでしょう」

 つまりは、今回の仕事はこれで終り、という事だろうか。

「また、存在概念が現世に迷い出ることもあるかもしれませんが、それはまたずっと先のことでしょう。原因が判らないというのは癪ですがね」

 老人は軽く己の顎を撫で、考え込むように呟き眉を顰める。が、それも一瞬だ。すぐに表情を緩め、こちらに声をかける。

「さぁ、戻りましょうか。妖精のお嬢さんも大丈夫かね?」

「え……えと、大丈夫」

 上空からふわりと貴方の肩の上へと舞い降りたリトゥエが慌てたようにこくこくと返事する。その仕草に老人はにこりと笑い、ラケナリアの都に向かって歩き出した。

禍狩りの翁   ミハエル家の禍祓い

──第四街路アルラムーザ・ラケナリア依頼斡旋公社──


 貴方は公社に掲示されていた依頼、『ミハエル家の禍祓い』についての詳細を尋ねようと、窓口に居た女性に声を掛けたのだが。

「あら。もうこの依頼受けつけていませんよ」

 という女性の答えに、貴方は溜息。どこかで聞いたようなセリフだった。

「つい先程、他の方がこの依頼を請ける手続きをされたので……ほら、あの方です」

 言って女性が指差した先には、公社の壁に貼られていた広告に目を通していた黒服黒帽子の老人の姿があった。

 貴方達の視線に気づいたのか、老人はゆっくりとした動きでこちらに振り返り、

「おや、お久しぶりですね。確か……【NAME】さんと、妖精のリトゥエさん、でしたか?」

 エリン老人はこちらを見て軽く笑い、困ったような表情を浮かべる貴方と窓口嬢を見て、その笑みを深くする。

「ああ……またですか。なら、前と同じように、一緒にやりますかね? 条件も同じ、報酬は五分五分。私の方は構いませんが」

 断る理由も無い。貴方は頷く。

「では現場へ移動する間に、依頼についての説明でも……といきたいのですが、詳しい内容については依頼主の方でといわれておりまして。とにかく、ミハエル氏の邸宅へ向かいましょうか。ついてきてください」



 ラケナリアの都の中心から少々離れた区域。『聖輪街』を北方向へとずれた位置にある、貴族──正確には旧貴族──の邸宅が立ち並ぶ街路の一角に、今回の依頼主であるミハエル家の屋敷がある。

「ラケナリアのこっちの方、来たこと無かったよね、そういえば」

 物珍しげに周囲を見廻しつつ、貴方の肩上に立つリトゥエが口を開く。世界中を旅して回るのが冒険者ではあるが、こういった場所は、今回のような事が無い限りは全く縁のない無い所ともいえる。

 石畳の街路をゆっくりと歩く。道の両側には高さ二メートル程の塀が伸び、堀の内側から伸びた木々の隙間から、大きな館の屋根などがちらちらと見え隠れする。

「ここのようですね」

 そのまま街路を歩き続けること数分。右脇の塀が途切れ、かわりに姿を現した大きな門の前で老人はようやく立ち止まった。

「さっきから見えてたこのお屋敷が、ミハエル子爵の家だったんだ。……なんというか、その」

 でかすぎる。

 途中で言葉を切ったものの、引きつったリトゥエの顔には大きな字でそう書いてあった。

「さて。妖精のお嬢さん、君は少しここで待っていてくれないかね」

「ええーっ! な、なんでよ!」

 エリンの唐突な言葉に、リトゥエが目を丸くする。

「貴族の方々は、知識が無い割に迷信深い人が多いですからね。我々が『妖精憑き』と思われると厄介ですから」

「だから、私は違うってば!」

「ですから、違うか否かを判断する知識すらない人が多いと言っているのですよ」

「……う~、んじゃ隠匿結界張るから。それなら良いでしょ?」

 そういうリトゥエにエリンは小さく唸り、

「隠匿結界は所詮気を逸らす程度の力しかありませんから、少し幻視の素養がある方が視れば即座に見破られるのですが……まぁ、構わないでしょう。それでは、行きましょうか」


 館ではミハエル子爵の夫人がじきじきに【NAME】達を出迎えてくれた。明らかに冒険者然とした──つまりはどこの馬の骨とも知れぬ──格好の自分達を見て露骨に眉を顰めて見せたが、エリンが己の所属、アルマナフ正教会に属する鎮魂師であることを明かすと、夫人の態度は一変した。人間、やはり自分の身分を証明してくれるものがないと、色々と面倒だということが良く判る。

 夫人から受けた説明はごくごく簡単なものだ。一週間ほど前から、このミハエルの屋敷で奇妙な人影を見かけるようになったのだという。その影は全身黒ずくめで、ふと気づけばどこかから、例えば庭に生えた木々の合間から、例えば二階の窓の外などからこちらの様子を窺っているのだという。ただ、ここ数日影が現れる頻度が増えており、昨日はついに館の中、主であるミハエル子爵の書斎にその影が徘徊しているのを見かけたらしい。

「ふむ。ではミハエル子爵はその時はどちらに? 襲われた、という事はありませんか?」

「いえ、夫は今グローエスの方へと出ておりまして。こちらへ帰るのはあと半月は先の話に……」

「……なるほど。では、早速その『出る』という書斎の方へ行ってみましょうか。何か手がかりが見つかるかもしれませんから。構いませんか、ミハエル子爵夫人?」

「ええ。アルマナフの鎮魂師様がいらっしゃるのであれば心強い限りです。参りましょう」


 そのまま広い館の二階、北に伸びる通路の隅にある一室の前へと案内される。ここが書斎らしい。

 夫人に視線で許可を得てから、エリンが書斎の扉を開く。

「おや」

「あら」

「ありゃ」

 室内を覗き込んだエリン、子爵夫人、そして姿を隠している筈のリトゥエまでもが、呆気に取られた声をあげる。

 六メートル四方程の書斎の中は散らばった本で埋め尽くされ、その中で部屋の両脇にある棚に収められていた本を開いては床に投げ捨てていく、全身黒色の人間──いや、人間らしき物体が二つ。

「ギキィ──!!」

 こちらに気づいた黒色の化け物が、独特の奇声を上げ、慌てて逃げ出そうと身を翻す。だがしかし。

「逃がしはしませんよ」

 エリン老人が深く一歩室内に踏み込み、懐から素早く札、そして杭を四本づつ抜き放つと部屋の四方へと一振りで投げつける。同時に書斎全体が淡い光に包まれ、壁をすり抜けて外へ出ようとしていた化け物達の身体が弾かれるように室内へと戻される。恐らくは結界術の一種なのだろう。

「ふむ。これは手間が省けましたね」

 言って、老人は杖を逆手に構え直した。

「夫人はお下がりになっていてください。──【NAME】さん、彼等を捕えますよ」

 退路を塞がれ、こちらに向かって威嚇の叫びをあげる黒色の人影。この者達がどれほどの力を持つのかは判らないが、倒せない相手ではないだろう。貴方は武器を引き抜くと、エリンと共にその化け物へと襲い掛かった!



battle
陰影の者


「さて、これで仕事は終りですね」

 本が散らばる書斎に無様に転がる二体の化け物。姿形は人に似ているものの、良く見ればそれは明らかに人外の存在だった。彼等の頭部にはエリンの持っていた札が張られており、その力で身動きを封じている。

「……あの、この方たちは一体何なのでしょう?」

 部屋の外でこちらの様子を伺っていた夫人が口に手を当てて気味悪げに尋ねる。

「恐らくは使い魔でしょうね。何者かがこの悪魔を使って子爵の書斎にある何かを探していた、そう考えられますが。夫人、何か心当たりはございますか?」

「いえ、そんな……」

 夫人は首を左右に振ってみせる。老人は夫人のその仕草を見て軽く息を吐くと、床に転がっている使い魔に視線を向ける。

「そうですか。ならば、彼等に案内してもらうことにしましょう」





──巫都ラケナリア──


 ラケナリア郊外にある、既に誰も住んでいないようにも思える、うらぶれた館。

 あの使い魔を現世界に固定していた契約書から、エリンが感知の術式を用いて使役主から送られてくる思念を読み取り、突き止めた場所がここだった。

「とにかく、使い魔を送っている人間を何とかしなければ、事件を解決したとは到底いえないでしょうからね。では、【NAME】さん。参りましょうか」

 既に日は暮れ周囲は闇夜。物音を立てぬよう、草木の陰に潜むように庭を駆け、館の中へと忍び込む。



 館の中へと忍び込むと、エントランスの方からほのかな灯りが漏れているのが見えた。しかも、その光は徐々にこちらに近づいてきている。

「……どうやら、気づかれていたようですね」

 エリンの呟きが夜の通路に消える前に、正面の辻から四つの影が姿を現した。彼等はこちらを油断無く見据えつつ、それぞれの武器を構える。

「ご同業か。悪いが、こちらも仕事なんでな」

 先頭に立つ男が告げると、四人は散開し手馴れた動きで陣形を組む。かなりの腕利きのようだ。油断すればこちらがやられる。貴方は素早く武器を構え、先制となる一撃を放つ!



battle
雇われの冒険者


 冒険者達を打ち倒すと、館の奥から一つの人影が現れる。周囲を埋める闇に溶け込むような濃い褐色の長衣を纏った男。エリンが手に持った杖を翳し、男の姿を照らして言う。

「ふむ。貴方が首謀者……いや、貴方も雇われですかな?」

「貴様には関係あるまい、ミハエルの犬が。あやつのようなただの蒐集家如きに、我が家の書本をいつまでも置いておく気は無いのでな」

 老人は言うと、懐から巻物を二本取り出し、両脇に投げ捨てると空中に短く印章を描く。同時に、床に転がった巻物が独りでに開き、周囲の闇を集めて人型の化け物へと変化した。

「……なるほど。まぁ、こちらとしてはどちらでも構いませんがね。【NAME】さん、準備は宜しいですか?」



battle
悪魔召喚師


「さて、何とか一段落つきましたね」

 老人は手に持った杖を一振りし、纏った光を払い落とす。後は目の前で蹲り倒れる男を衛士団の詰め所あたりにでも突き出せば終りだ。

「流石に、疲れましたね。済まないが、この男の処分、お任せしてよろしいかな? 夫人の方には、私が後で結果の報告を行っておきますから」

 確かに老人の顔色は少々悪い。貴方が頷くと、エリンは「申し訳ない」と一言告げて、少し頼りない足取りでその場を立ち去った。

「大丈夫かな、あのお爺さん」

 リトゥエが少し心配げな調子で呟くが、普段あれだけ戦えるのならば問題は無いだろう。貴方は鈍い呻き声をあげている召喚師の手を縄でくくり、口に適当なものを猿轡代わりに噛ませて術を封じた後、衛士詰め所へと突き出した。あとは公社の方で報酬を受け取るだけだ。

禍狩りの翁   安息地

──安息地──


 オルス国首都、巫都ラケナリア。

 四柱神の聖職者達が数多く暮らすこの都では、都内での名称なども四柱信仰で使われる様々な名称をそのまま流用しているような部分が数多くある。

 たとえば、『安息地』と呼ばれる言葉がある。

 これは一般には『公園』と称される施設のことを指す言葉で、都に住む人々の憩いの場としての役目を有する場所を言う。

 ラケナリアの都にある幾つかの安息地のうち、最も大きな場所。都の北から中央の『聖輪街』へと続く大通り、通称『礼拝街路』の脇に位置する『マスニア安息地』へと、貴方はやってきていた。

「ふぅん……結構良いところだよね。ここ」

 肩の上に座っていたリトゥエが立ち上がり、ふわりと浮かび上がった。

「こう、印章とかで環境を捻じ曲げてるわけじゃなくて、ちゃんと考えて、自然に木々が育つように作ってある。……うん、悪くない」

 そのまま、両の羽をはためかせて空中を踊ってみせる。貴方も彼女の動きを追い、周囲の景色に目をやった。

 整然と木々が並び、よく手入れのされた芝生が広がる。その上には幾人かの人影が、思い思いの姿でゆっくりとした時を過ごしている。

 そのままぶらりぶらりと、安息地を抜ける細い小径を歩いていた貴方に、

「おや、貴方は……【NAME】さん、ですか?」

 背後からの声。振り返れば、そこには杖を携えた黒服の老人が立っていた。

(……確か)

「あ、エリンのお爺さん」

 貴方の肩に舞い降りたリトゥエが、老人の顔を見て驚いた声を出す。

 そう、確かエリン老人だ。前にこのラケナリアの公社で依頼を受けた折、幾つか共に仕事をこなした。

「元気そうで何よりですね。最近どうですかな、【NAME】さんは。近頃、何か変わった話でもありましたか?」

 などと、簡単な世間話と情報交換を行ったあと、老人と別れた。

「……でもあのお爺さん、アルマナフの教会に所属してるんでしょ? じゃあ、なんで公社の依頼なんて受けてるんだろう」

 去っていく老人を見やりつつ、リトゥエが首を捻る。

 確かに彼女の言うとおり、老人が所属しているといっていた『アルマナフ正教会』は、このラケナリアの中央にある『聖アルマナフ大神殿』を本拠とする、王朝における四柱信仰団体としては最も名の知れた組織だ。そしてそこに所属している鎮魂師ともなれば、斡旋公社で払われる報酬など霞む程の給金をもらっている筈なのだが。

「なんか借金でもあるのかなぁ?」

 などとリトゥエと色々と憶測してはみるのだが、そんなことをしたところで本当のことなどが判る筈も無く。

 まあ、所詮は他人事だ。気にしたところで、どうにもならないだろう。

禍狩りの翁   闇夜

──闇夜──


 夜も深まり、館の内部を照らす光は月と星の輝き。しかしそれは酷くか細いもので、到底、館の隅々までを照らし出すには至らない。

「ひ、ひぃ──」

 男は追われていた。

 呼気と悲鳴の入り混じった声を発し、男は下の階へ降りるための階段へ向けて必死に、しかし遅々とした動きで走っていた。

 背後から迫る気配は、幾ら逃げても離れることは無く、振り向けば、通路の壁に開いた幾つもの窓から差し込む月明かりを受けて、一つの影がこちらに向かって音も無く迫ってくるのが見える。

「あ、あ、あ」

 転ぶ。無様な姿勢で床に倒れ、肩や頭を強く打つ。しかし痛みは全く感じない。意識が高まりすぎていて、感覚が麻痺しているのだ。

 男は四つん這いの状態で必死に廊下を進む。館のエントランス、吹き抜けとなった広間に備え付けられた階段を転がるように下り、使用人達が眠っている筈の北側の廊下へと逃げ込もうと、そちらへ繋がる扉を開き──呆然と、その光景を見据えた。

 そこに広がっていたのは、正に地獄絵図だった。

 廊下に散乱するのは、内臓をぶちまけ、脳漿を飛び散らせ、四肢を至る所に散らばらせた使用人達の姿。窓からの光を受け、頭部のみとなって血の海となった床に転がる使用人の瞳が、虚ろに男を見つめていた。

 そして、血の朱と月の蒼白に包まれたその廊下に、一人の女が立っていた。

 髪は白。

 服は黒。

 全身は赤の斑で染まっており、手にはどくどくと脈動する赤黒い物体を握り締めている。

 女は月明かりの中、ゆっくりと男の方へと振り返った。

 血で彩った唇。

 夜の闇の中でもはっきりと判る紅の瞳。

 その両方をしならせて、女は笑った。

「────!」

 声無き絶叫をあげて後ろへ数歩下がった男は、どんと背中が何かに当たり、慌てて振り返る。そして、この世の終りといった表情を浮べ、固まった。

 そこに立つのは黒い黒い、闇よりも黒い外套を身に纏った、白髪に蒼白の肌色を持つ青年。

 間髪入れず外套から青年の腕が伸び、男の首を掴む。そして煌々と輝く朱色の瞳で恐怖に染まった男の顔を覗き込み、無表情のまま、尋ねた。

「さぁ、答えろ。『魔鈴』は──どこだ?」



 観都エーデンバーグへとやってきた貴方は手近な宿で部屋を取り、明日に備えてさっさと眠りについたわけなのだが。

「~~、~~~!」

 どこからか声がする。その声に、貴方はもそりと寝台から身を起こした。

 霞む視界の中、目の前には小さな人間のような物体が、何やら酷く興奮した様子で叫んでいる。

(……?)

 一瞬、この奇妙な物体の名前が思い浮かばず、はてと首を捻り……思い出す。そう、リトゥエだ。

「【NAME】! 火事だよ火事! ねぇ、ねぇってば!」

 リトゥエが小さな体を目一杯使ってぐらぐらと貴方の頭を揺する。

 火事……?

 ぼんやりとした頭で周囲の状況を把握。異変は無い。少なくとも、自分達が泊まっている宿の話では無いようだ。

 見れば開いた窓の向こう側、かなり離れた位置で白い、というよりは青に近い光が漏れているのが見えた。

(遠いな)

 そう独りごちる。

 ならば気にする必要もない。貴方は毛布を頭から被り、再度寝台に身を伏せた。

「ちょ、【NAME】ってば! も~ッ!」



 翌日。エーデンバーグの街へと繰り出した貴方は、至る所で昨夜の火災についての話を耳にした。

 高級邸宅が並ぶ地区に建っていた、とある館を丸ごと焼き尽くしたその炎は、何故か青白く不気味な色彩を放っていたという。また、同時刻に夜空を高速で飛ぶ、二つの奇妙な人影を見かけたという話も。

「だから、見にいった方が絶対面白かったのに……」

 などと、リトゥエは不貞腐れた様子で呟く。昨夜無視したのを怒っているのか、未だ機嫌が悪いらしい。

 別に、見物できたからといってどうなるものでも無かろうに。

禍狩りの翁   老人

──老人──


「おや、また会いましたね。【NAME】さん」

 巫都ラケナリアへとやってきた貴方が、前回と同じく街の大通り沿いにある安息地で身体を休めていると、これまた前回と同じく背後から声が掛かる。

 貴方が振り返り返事をするよりも早く、

「あ、お久しぶりね。エリンのお爺さん」

 頭の上に座っていたリトゥエがくるりと身体を反転させ、挨拶。

「リトゥエさんも。お元気なようで何よりです」

 老人の言葉にリトゥエは「まぁね」と、笑ってみせた。



 観葉樹の隙間、濃い芝生の上に腰を降ろしていた貴方の隣に老人も座り、最近の噂話や、事件についての情報を交換する。冒険者にとって『現出』によって現れた地形についての話や街で起こった事件などの情報は、直接自分達の利益に繋がってくる場合もある。故に、冒険者同士の情報交換は非常に重要だ。

 エリン老人から、最近ラケナリアの都の近くで見つかったという洞窟についての話を教えてもらい、貴方もお返しに何か話そうとして──

「あ、そうそう」

 と、貴方の肩上に位置を移してエリンの話を聞いていた妖精が、ぽんと芝居がかった仕草で手をついた。

「ね、ね。そういえばさ、エーデンバーグの方で面白そうな事件があったじゃない。【NAME】、覚えてる?」

 貴方は小さく首を傾げ──はたと思い当たる。

 エーデンバーグの都の北、高級邸宅が立ち並ぶ地域で起きた火事。リトゥエはそのことを言っているのだろう。

「それそれ。あのね、このあいだ私達、エーデンバーグっていう街に──」

 リトゥエが老人に、エーデンバーグでの火災についての話を始める。青白い炎、そして夜の空を駆ける人影。

 話が進む毎に、老人の顔から徐々に表情が消えていき、リトゥエが話し終えた時には、彼の顔は酷く強張ったものになっていた。

「……えと。お爺さん、どうしたの? なんか、顔が怖いよ……?」

 恐る恐るといった調子で尋ねるリトゥエに、エリンは驚いたような表情を浮べ、

「あ、ああ。すまない。少し考え事をしていました……」

 視線をこちらから外すと、空を見上げて片手で軽く己の頬を解す。そして改めて貴方とリトゥエに視線を戻し、口を開いた。

「一つ聞いても構わないだろうか。その、空を駆けていたという人影は……黒い外套に白髪……そして、朱色の眼、ではなかったかね?」

「え? え、ええと……」

 リトゥエは頬に指を当てて眉根を寄せ、声を詰らせる。

「ごめん、私も直接見たわけじゃないから、そこまで判らないの。見にいこうとしたんだけど、【NAME】が全然起きてくれなくて……」

 妖精から少し恨みがましい目を向けられ、貴方は反射的に視線を逸らした。

「そうですか……」

 エリンはその言葉に深く溜息をつき、しかし、顔を上げてこちらに深く頭を下げる。

「──いや、ありがとう、【NAME】さん、リトゥエさん。では、私はここで失礼する。またどこかで会いましょう」

 老人は慌しく立ち上がると、それだけ告げて脇に置いていた杖と鞄を手に、足早にその場から立ち去る。彼が去っていく方向は、都の外へと続く通りだ。

「? どうしたんだろ、お爺さん」

 去っていく黒の後姿を見届けながら、貴方とリトゥエ、二人で首を捻る。普段はどこか余裕のある姿勢を崩さないあの老人にしては、珍しい態度だった。何やら、酷く焦っていたような。

「私、何かマズいこと、言っちゃったかな?」

 眉尻を下げ、困ったような声を出すリトゥエ。

 あの老人、エーデンバーグでの火災について何か思い当たることでもあったのだろうか。

禍狩りの翁   霧雨

──霧雨──


 その日は、凍えた霧が街全体を覆っていた。

 観都エーデンバーグの北側、現在の王朝制に移行する前にこの地域を治めていた貴族達──その役目を半ば失った今では、旧貴族と呼ぶのが正しいのだが──の邸宅が並ぶ、高級住宅街。その一角へと貴方は訪れていた。

 街路には人影は殆ど無く、稀に馬車が数度走る程度。この地域はただ広い邸宅が広がるだけの場所であり、都に暮らす一般人には全く用の無い場所ともいえる。故に人通りも殆ど絶えており、通りは静寂に包まれている。

 風景を白く染める霧雨が、纏った外套に触れて小さな雫となって地面に滴る。長い長い直線の街路を進み、ようやく辿りついた十字路で貴方は一旦停止。

「ええと……こっちの道を左、みたい」

 懐からリトゥエが声を出す。彼女の手には紙片が握られており、そこには前にこの街を訪れた時に起きた火災跡、アニンフォート家の邸宅への道順が書かれている。先程エーデンバーグの自警団を訪ねた折、そこの一人から貰ったものだ。


 ──ラケナリアで出会ったエリン老人の態度を訝しく感じた貴方は、この街へ訪れた際、まず都の警備などを行っている組織の一つへと足を運んだ。

「放火だとしても、犯人を突き止めるのは不可能に近いですしね……。大抵、ああいう貴族の邸宅には耐炎の印章などが至る所に刻んであって、大きな火事になるのを未然に防ぐ仕組みになっています。ですので、普通はボヤ程度で収まるはずなんですが……」

 あの火災を担当していたという三十代ほどの男はそういって唸り、

「それが全焼ですからね。そういった印章を上回るレベルの魔術を行使する輩となると、どれだけ調べたところでまず足など掴ませませんし。衛士団の方に話は通していますけど、彼らも現出地形の調査や亜獣狩り等で忙しいですから」

 言ってお手上げとばかりに両手を挙げてみせる。彼の言葉はある意味正しい。放火に何らかの理由のあるものであれば犯人を追うことも可能だが、もしそれで捕らえたとしても犯行を立証するのは酷く難しい。魔術絡みの事件ならば尚更だ。通り魔などは現行犯でなければまず捕まえる事はできない。

 これ以上彼から有益な情報が得られないと判断した貴方は、火災跡への簡単な道順を示した紙片を受け取り、とにかくその現場へと足を運んでみることにしたのだが……。


「あれ? ねぇ、【NAME】、見て。あれって……エリンのお爺さんだよね?」

 アニンフォート家の邸宅跡。未だ焼け焦げくすんだ家の残骸などが残る敷地内に、霧雨の中動く黒服の影。懐から顔を出したリトゥエは、訝しげに呟く。

「何してるんだろ。何かを探してる、のかな」

 芝生すらも焼け、霧雨を受け湿り気を帯びた庭を歩き、老人に近づく。濡れた地面に片膝をつき、何かを探しているようだったエリンは貴方の気配に気づいたのか、立ち上がり、こちらへ振り返った。

「……ああ、君達ですか」

 エリンは深く被っていた帽子の鍔を上げ、疲れの混じった表情でこちらを見やる。

「どうしました、こんな場所に?」

「ど、どうしたって……お爺さんこそ何してるのよ?」

 懐からのリトゥエの声に、エリンは視線をこちらから外して手に持った杖をくるりと廻す。

「手がかりを探しているのですよ」

「手がかり……? 何の?」

 問い返すリトゥエに答えず、老人は軽く韻を踏んだ文句を唱えて杖で崩れた壁を突く。き、と高い音と共に壁に亀裂が走り、真っ二つに砕ける。それを何度か繰り返し、抱え切れる程度の大きさへと砕いてから横へ投げ捨てていく。

 その作業を一通り終えてから、ようやく返事が返ってきた。

「誰が何のためにこの屋敷に火を放ったのか、それを確かめる手がかりですよ。何でもいい。帳簿や、そういった類のものでも構わないのだが……」

「帳簿って……そんなの見つかるわけ無いじゃない! 火事だったんだよ? あっても燃えちゃったに決まってるよ!」

「ええ、ですから先程からこうして……ああ、丁度いい。君達も手伝ってもらえないだろうか? この壁を除けたいんだ」

 言って、目の前に折り重なって倒れる、掌ほどもある厚さの壁数枚を杖で指し示す。

 老人の言葉に、貴方は数瞬考え込み、小さく頷いた。少々手間のかかる仕事だが、彼が何を探しているのかが気になる。

「ありがとう。では、始めようか」



 深く霧が煙る中、貴方とエリンは作業を続ける。

「これで、最後だな。恐らくはこの辺りにある筈ですが」

 エリンは崩れ砕けた壁の最後の一片を持ち上げ、横に投げ捨てた。

 その下から現れたのは、地面に水平に設置された鉄扉だ。火事により若干のくすみなどは見られるものの、熱により扉が歪んだ様子も無い。それを見たリトゥエが目を丸くする。

「か、隠し部屋!?」

 驚きの声をあげる妖精に頷いてみせ、エリンは手に持った杖で数度扉をつつく。

「そういう事です。貴族の邸宅には大抵、こういう施設の一つや二つはあるものなのですよ。……とはいえ」

 鉄扉を開こうとして、がっ、と何かが挟まっているように動きが止まる。エリンは小さく溜息をついた後、複雑な韻を踏んだ祝詞を口早に唱え、光の纏った杖を鋭く突き入れる。鈍い激突音と共に、両開きの鉄扉が奥へと押し出され、開いた。

 空気の流れる音。

 外の空気が内部へと流れ、髪が持っていかれる。

 頭の帽子を抑えつつ、中を覗き込んだエリンが片眉を歪め、唸った。

「外よりも念入りにやられてるな、ここは……」

 そのまま扉を開けきり、急な勾配の階段を下っていくエリン。貴方とリトゥエは慌てて後を追った。

 階段はその勾配ゆえか二十段を数える間もなく終り、貴方達の目の前に広がったのは、広さ五メートルほどの長方形の部屋。

「凄い……鉄壁が溶けちゃってる……」

 内部は酷い有様だった。中にあるのは超高温で溶けて斑の模様を描く鉄壁のみ。保管されていたであろう品々は熱で床などと混じりあい影も形も無い。

 エリンは膝をつくと凹凸を持った床を一撫で。

「駄目か……いや、違うな。当たり、だ。重点的に火を打たれているという事は……ここで……見つけたのか? そして証拠を消すために火を打った? だが一体何があったというのだ、ここに──いや、そうだな」

 老人は一人呟き頷くと、くるりと身を翻して階段に足を掛け──貴方の方へと振り返り、

「ありがとう、助かりました。これで少し確信を持つ事ができた。私はもう少し調べることがありますので、これで。また、どこかで会いましょう」

 言って、足早に階段を登っていってしまった。止める間もない。

「……結局、なんだったの?」

 リトゥエは貴方の懐から身体を出すとふわりと浮き上がり、部屋を見渡す。到底、何かが見つかりそうな状況ではなく、一体エリン老人が何に気づいたのかもさっぱり判らない。

 貴方とリトゥエはただただ首を捻るばかりだった。

禍狩りの翁   芯属

──芯属──


 オルノルンへ向かう途中、亜獣などに足止めされ、街に辿りついたのは真夜中に近い時刻。

 幾つかの宿を廻ってみたのだが、どこも厳重に鍵が掛けられており、扉を叩いて呼びかけても返事一つ返ってこない。

「なんか変な感じだね……。というか、流石にこの時間になると私も眠いよ」

 リトゥエの言葉に貴方は困ったように視線を彷徨わせて──街全体が夜の闇に飲まれ静寂を保つ中、街の南側にある一角から明るい光が漏れているのが遠目に見えた。

 あのあたりなら、まだ店を開いているところもありそうだ。



 副都オルノルンには、『夜の訪れぬ街路』と呼ばれる通りが存在する。フガー歓楽街路。常に輝く街灯に照らされた大通りはそう呼ばれていた。

 近頃、この副都オルノルンでは奇妙な殺人事件が多発していた。

 犯行時間は必ず真夜中。

 襲われた被害者は、稀に例外もあるが大抵は女性。

 そして被害者の亡骸はすべて……まるでミイラを思わせる程に干乾びた、見るも無残な姿で発見されていた。

 国の衛士団やその他の自衛団などが犯人を追っているが、手がかり一つ見つからず、死体の数は増えるばかり。お陰で、オルノルンの都は日が暮れれば死んだように静かになる。

 しかし、だ。

 このフガー歓楽街は違った。

「はん、たかだか通り魔の一人や二人のために、なんで俺等が遠慮してやらにゃならんのよ」

 いって、露天で酒を出していた店主は笑う。

 

 歓楽街へとやってきた貴方はまず手近な安宿を取り、そこにリトゥエを投げ捨ててから──硬い寝台にバウンドしつつもまだ寝ていた──情報収集のために街に繰り出したのだ。

 そして、街路で一つの露店を出していた髯面の男に、色々と事情を訪ねているわけだが。

 

「たとえ出てきたとしても、そんな奴は俺等がガツっと一発ド突いてフクロにしちまうぜ、なぁ!?」

 店主が威勢良くそう言うと、カウンター──といえばいいのか難しいところだが、そこに席を並べていた男達が勇ましい声をあげる。掲げた酒杯から液体が零れるが気にする者は一人も居ない。

 彼等には彼等の、夜の者としてのプライドがあるのだろう。

 何とも、勇ましい限りだ。



 店主と常連らしき客達に別れを告げ──当然、店主には多少のチップを渡して──店を後にした貴方は、安宿へ至る道筋を歩く。と、その時。

「あ、あぁ、ぁ」

 短い悲鳴。しかしその声は一瞬にして途切れた。

 貴方は道を立ち止まり、声の主を探して視線を巡らせる。しかし周囲には人影は無く、ただ街路の所々に下げられた照明印章の輝きだけがある。

(気のせい、か?)

 自問しつつ、改めて歩き出してから十数歩。

 

 ──ぢり、と。

 身体に刻まれた刻印が、小さく、ほんの小さく疼く。

 

 同時に、視界の片隅、今までぴたりと隣り合わせになっていた筈の家屋と家屋の隙間に、丁度細い路地が浮びあがった。

「……な?」

 突然の事に呆然としつつ、貴方はまるで熱に浮かされたようにその路地へと近づき、覗き込む。

 路地の奥には男が一人、女二人。

 男は黒衣を纏った青年。彼は気を失っているらしき一人の娘を抱え、その背後には無表情の女が控える。

 青年は裏路地の入り口に立つ貴方に気づき、一瞥した後。

「──無粋な。我の食事を邪魔するか、貴様。偽りなる人に、あの誤魔化しが看破できるとは思えんが……」

 呟き、腕に抱えた娘の首筋に軽く口づけする。それだけで、彼女の身体が一瞬にして干涸らびた。

(……なんとまぁ)

 唖然とする。

 どうやら、噂の通り魔とやらに見事出くわしてしまったらしい。しかも、彼等の生み出す気配は明らかに人外の者。自分の運の悪さにほとほと呆れる。

「行け。そして刈れ」

 声と共に、既に娘とはいえぬその亡骸を投げ捨てて青年が一歩下がる。

 それに合わせて、背後に立ってた女がするりと前に出た。

 女は白の髪に黒の服。肌は白を通り越して青に近く、しかし目は爛々と輝く朱色。

 彼女は無表情のまま、ふらりふらりと一歩づつこちらに近づいてくる。

 そして貴方から五歩ほどの距離を残した位置で立ち止まると──

「────」

 声も無く。

 美しくはあるが完全に感情の欠落した、まるで能面のような笑みを浮かべた。



battle
闇夜に映える女


「──ッ!」

 貴方の攻撃が女の白髪の一房を吹き飛ばす。しかし彼女は表情一つ崩さず、どす黒い炎を纏った手刀をこちらへ繰り出そうと動き──

「荷が重いか。下がれ」

 と、青年の声に彼女はぴたりと動きを止める。そして次の瞬間、後方へ大きく跳躍。青年の傍らへと位置を移す。

「見逃してやるのは本意ではないが、今は力を浪費する時ではないのでな。いずれ、この返礼はしよう」

 青年が黒の外套を大きく翻させると、蒼白の色を持つ炎が猛々しく燃え上がり、青年と女の身体を一瞬にして包み込む。

 そしてその炎が収まった時には、彼等の姿はどこにも見当たらなかった。

「…………」

 どうやら、退いてくれたらしい。

 緊張の解け、貴方は両膝に手をついて深く息を吐いた。

 と、そこでふと気づき、ぽつりと呟く。

「青白い、炎?」

 あの炎の色、どこかで見た記憶がある。

 そうだ、あの色は──エーデンバーグの宿の窓から、微かに見えたほのかな光。あの時の色だ。

禍狩りの翁   昔語

──昔語──


 街道を渡り、巫都ラケナリアへとやってきた。

「で、今日はどうするの、【NAME】?」

 リトゥエに問われ、暫し思案。まだ日も高く、暖かくも爽やかな空気が都を覆っている。こんな日は、あの場所でゆっくりと時を過ごすのが良いだろう。

 貴方は手近な食堂で幾つかの品を調達し、都の北側に伸びる街路に面した『マスニア安息地』へと足を向けた。

 

「でもさ」

 【NAME】から丁度自分と同じ程度の大きさをもつ瓶を両手で抱えるように受け取り、瓶に小さく口をつけてにんまりと笑う。中身は果実酒。どうやら彼女の口に合うらしい。

「ここ来るといっつもあのお爺さんと会うよね、そう言えば」

 あのお爺さん。その言葉から連想されるのは黒服に身を包んだ鎮魂師。エリンと名乗る老人の姿。

「おや」

 と、そこで背後からの声。貴方とリトゥエは一瞬顔を見合わせ、そして振り返る。

 そこには想像通りの人物が立っていた。

「奇遇、ですねぇ」

 片手に紙袋、片手に杖を持った黒服白髪の老人が眼を細めて笑った。

「というか、なんだか変な縁みたいなのを感じるんだけど……」

 老人の言葉に、リトゥエが苦笑気味に言葉を返す。白髪の鎮魂師エリンは軽く帽子をあげてこちらに挨拶。

 そういえば前にエーデンバーグで出会ったとき、結局この老人が何を探し、何を見つけていたのか。貴方はそのことを思い出し、老人に尋ねてみる。

「ああ、あれですか。あの後色々と探ってはみたのですが、結局は行き詰まってしまいましてね……。そうですね、君に暇があるというなら詳しく話しても構いはしませんが、どうしますか?」

 無論、問題は無かった。仮にあったとしても、肩口に立つリトゥエの興味津々な表情を見やるに、ここで断れば彼女がぎゃんぎゃんと文句を言い出すのは明らかだ。別に怒らせたところで害は無いのだが喚く彼女を相手するのも面倒だ。

 貴方が軽く頷いてみせると、老人はつと周囲へ視線を走らせると、観葉樹の隙間にある長椅子の一つを指し示した。

「あそこで、話しましょう。この歳になると立ち話はつらいものでね」



「私はね、息子達と妻の仇を探しているのですよ。虹色に輝いたあの忌まわしい夜から、ずっとね」

 そう切り出したエリンの話はこうだった。

 彼は『虹色の夜』のあの日、突然家に忍び込んできた黒衣の男に妻と息子夫婦を殺され、さらに孫娘を連れ去られたのだという。彼は妻と息子夫婦の仇を討つため、その黒衣の男を追っているのだと。

「孫は……既に生きていないでしょう。どうなったかは、考えたくもありませんがね」

 言葉と共に、手に持った杖で強く地面を突く。柔らかな芝生が揃った安息地の土では鈍い音しかしないが、ここが石畳の上だとすればさぞ激しい音を立てただろう。

「手がかりは、男が操っていたあの青い炎と、私の家の蔵から盗み出された碑石や文献だけでした。盗まれたその品が一体どういう物かが判っていれば、まだ男が何を目的にそれを持ち去ったのかが判ったのですが、残念なことにその文献は『芯なる者』達の文字で書かれていましてね。碑石と同様、文献の内容も誰も知らないというわけでして。それでは、手がかりにもならない」

 老人は軽く目頭を抑えたあと、一息ついてから、また話し始める。

「その後、私は神殿の鎮魂師として過ごす傍ら、あの男を追って斡旋公社やそれに類する組織などに出向き色々と調べてはみましたが、一向にね。──ですが」

「この前の……エーデンバーグの?」

 リトゥエの言葉に、老人は小さく頷いてみせる。

「ええ。私の家がやられた時と良く似ている。確信しました。私は火災のあった貴族の屋敷アニンフォート家の邸宅跡へと赴き、この家についての事柄を徹底的に調べた。私の家から碑石や文献を盗んでいったことを考えれば、この家にも……なにか、奴が必要とするものがあったのかもしれないとね」

「お爺さん、それ、それが判ったの?」

「何とかね。どうやら、数ヶ月ほど前にアニンフォートの家に『神形器』が流れてきていたようなのです」

「ちょ、ちょっと、神形器って──!」

 肩上にいた小妖精が慌てて身を乗り出し──瓶を右手に持っていたためバランスが取れなかったのか、身体を支えていた左手を滑らせて呆気なく落下。慌てて羽を揺らせて体勢を整えると、エリンの眼前にまで浮かび上がりぎゃんぎゃんと叫ぶ。

「なんでそんな危なっかしいモノがあんな家に流れてきてるの! あれは神の御力をそのまま形とするもの、王朝の機関や、アルマナフ正教会とかが厳重に管理してる筈でしょ!?」

「その筈だったのですが。どうやら『虹色の夜』以後に発見され、裏市場に出回っていたもののようでしてね。恐らくは『現出』した地形と一緒にこちらの世界へと流れてきたのでしょう」

 エリンは苦笑すると、目の前の浮んでいるリトゥエから視線を逸らし、軽く息を吐いた。

「基本的に『神形器』と呼ばれるものは、己が役目を終えたと判断せぬ限りは絶対に壊れない。たとえどれだけ高熱の炎を浴びせようとも。そしてアニンフォートの家にその器が残っていないという事は──」

「持ち去った、ということね……」

 手に持った瓶を抱え直し、リトゥエが神妙な声で呟く。

「あの男が操る青白い炎といえど、神形器は破壊できない筈です。あれは芯属にも対抗しうる力を持つ存在ですから」

 そこで貴方は、老人の言葉の端に出てきた『青白い炎』に、先日出くわしたある事件のことを思い出した。

 ……エリンには、話しておいた方が良いことかもしれない。



 貴方はエリンに、先日オルノルンの歓楽街で出くわした奇妙な青年と娘の話をする。

「ぶはっ!」

 話も半ばに差し掛かったあたりで、果実酒の入った小さな瓶を手に横で聞いていたリトゥエが、驚きでか口に含んでいたものを勢い良く噴き出す。汚い。

「ごほ、っほ……!」

 そして激しくむせる。忙しない事この上ない。

「──って【NAME】っ! それ、『夜の芯属』じゃないの! そんなのに会ってたなんて私、全然聞いてないよ!?」

 話してないのだから当然といえば当然だろう。と、そこで彼女の言葉に首を捻る。

(夜の、芯属?)

 疑問符を浮かべる【NAME】に、リトゥエは露骨に呆れたような表情で叫ぶ。

「あ~! 【NAME】、もしかして『芯属』知らないの? ああもう、ほんっとになんにも知らないんだから。……説明するから良く聞いててよ。『夜の芯属』って連中は──」

「すまない、説明は後にしてくれないか」

「ふぇ?」

 早速いつものように講釈を始めようとしたリトゥエを、老人の声が遮った。

「【NAME】さん、先刻の君の話なんだが……その黒衣の男には若い娘が一人、付き従っていたと言いましたね?」

 真剣な様子で尋ねてくるエリンに、貴方は困惑しつつもあの女の特徴を答える。

 老人は貴方の言葉を聞き、深く眉根を寄せる。

「……違うか? いや、確か『夜の芯属』は己の概念を分け与えることで──くそっ、何てことだ!」

 エリンは吐き捨てるように言うと、その勢いのまま立ち上がった。

「【NAME】さん、確か君が彼等と会ったのはオルノルンだったか?」

 尋ねられ、反射的に数度頷く。

「判った。ありがとう、【NAME】さん。もう既に他の場所へ移っているかもしれんが、とにかく私はオルノルンへ出向いてみることにする。他にも……あのアニンフォートの神形器についても調べないとな。では、またいつか何処かで」

「え? ちょ、ちょっとお爺さん!」

 リトゥエが止める間もなく、老人は足早に立ち去っていってしまう。貴方とリトゥエが呆然としている間にその黒色の背中は見る間に遠退いていった。

「いっちゃった。……ねぇ、【NAME】、大丈夫かな? お爺さんも結構凄いけど相手は芯属、バケモノだよ? もし会えたとしても仇討ちなんて絶対無理。逆に返り討ちにされちゃうよ」

 おろおろと貴方と老人が去っていった方を見比べながら言うリトゥエ。

 だが、彼女の言う『夜の芯属』とはそれほど恐ろしい存在なのだろうか。そのあたりがまだ良くわからない。

「恐ろしいどころの話じゃないってば!」

 耳元に近い位置から興奮した調子で叫ぶリトゥエ。かなり煩い。

 しかし、リトゥエは顔を顰める貴方の事など全く気にした風も無く、講釈モードへと突入。

「いい? 『夜の芯属』は名の通り、夜と闇を己の存在概念として内包する芯属。あいつ等は芯属のなかでも特殊な種族でね、他の生物の概念を啜って現世界に擬似的に顕在化する類の存在なの。さっきの話で人の血を吸うとかそういう話あったじゃない。それって、実際に血が必要って言うわけでなくて、その存在の概念を血という形で吸い取って己の糧にしてるの。芯属達の中では比較的力の弱い種族とはいえるけど、他の芯属と違って自分達以外の種族に対して酷く攻撃的だから、普通の芯属よりも何倍も危険なんだよ」

 相変わらず、判るようでよく判らない、何ともいえない説明だった。しかし、比較的弱いのなら、どうにかなりそうな気もするのだが。

 そう言うと、リトゥエはぶんぶんと忙しなく首を横に振ってみせる。

「無理だよ! 弱いっていっても、それはあくまで他の芯属に比べての話。芯属と呼ばれる種族はそのすべてが驚異的な力を持ってる。『芯属に対抗することが出来るのは芯属のみ』って言われてるくらいだもの。人間の使う印章みたいな技なんかなくても、その何倍も強力なイーサ干渉を行える。まともに戦ったら、一撃で欠片も残らず崩滅させられちゃうよ!」

 などとリトゥエは言うのだが、話が大きすぎてどうにも実感が湧かない。確かに、オルノルンで戦ったあの娘はかなりの力を持ってはいたが──と、それよりも今はあの老人だ。

 彼の眼は明らかに本気だった。先程のリトゥエの話を彼にしたところで諦めるとは到底思えない。

「ううぅん……」

 貴方の言葉にリトゥエは言葉を詰らせて俯き、溜息をつく。彼女自身、薄々そのことは判っているのだろう。

「──でも、確か『夜の芯属』って大昔に『芯なる者』達の力でその全員が存在概念ごと封じられて、『奈落』に放逐されたって先代から聞いていたけど……それが何で今になって出てきたんだろう?」

 呟き、こちらを見るリトゥエ。しかし、そんな事をいきなり言われてこちらが返答できるわけもなく。貴方は両手をあげて肩を竦めてみせる。

 どちらにしろ、あの老人が追っているのが危険な相手であることは確かだ。

 

 まったく……厄介な話だった。

禍狩りの翁   祭器

──祭器──


 街に辿りついた貴方は、とある噂を聞いた。

 オルスの首都、巫都ラケナリアにある聖アルマナフ大神殿に賊が入り、神殿で封じていた危険な祭器が盗まれたという。

 ──そして、神殿に入り込んだ賊は、蒼白の炎を操る黒衣の者だと。

「……あの大神殿の警備を破るなんて」

 話を聞いたリトゥエが驚きの声をあげる。彼女曰く、聖アルマナフ大神殿の警備は、五王朝を統べるグローエス国主が暮らす宮殿、『ロベルアムザ』にも匹敵するといわれていたらしい。

「しかも一番警備が厳重そうな禁忌の祭器を持ち出すなんて……。それに、蒼の炎……前にお爺さんが話していた芯属だよ、やっぱり尋常じゃない。

 ねぇ、今度お爺さんに会ったら、もう無理でも何でも良いから止めるように言おうよ。そうじゃないとあのお爺さん、いつか殺されちゃうよ!」

 確かに、あの老人の身を考えるならばそうしたようが良さそうだが……果たして、言って聞くかどうか。

禍狩りの翁   助力

──巫都ラケナリア 礼拝街路・マスニア安息地──


 ラケナリアの公社から受けた指示は簡潔なものだった。

 都の中央から北へと伸びる礼拝街路の脇に広がるマスニア安息地。そこへ毎日正午に依頼者が顔を出す。貴方はその依頼者と落ち合い、直接詳しい依頼内容を聞いてくれと、そういう話だった。

「丁度良かったね」

 肩上に座っていたリトゥエの言葉に、貴方は小さく頷いてみせる。何とか、説得する機会だけはできた。あとはどう言いくるめるかが問題だ。

「あのお爺さんのこと、何とかとめないと──」

 呟くリトゥエの声が、都の中央から鳴り響く鐘の音に掻き消される。聖アルマナフ大神殿の内に建つ塔の頂上からの、正午を告げる鐘だ。

 そしてその鐘を待っていたかのように、左右に街路樹が並ぶ石畳の道から、黒服の老人が姿を現す。

「エリンのお爺さん!」

「お久しぶりですね」

 ゆっくりと貴方の方へと歩み寄ってきた老人に、リトゥエが声をあげる。エリン老人はそんな妖精に軽く帽子をあげてみせ、挨拶。

「良かった、無事だったんだ……あのね、お爺さん──」

 と、貴方の肩から飛び立って早速説得を始めようとしたリトゥエを、老人が片手で制し、貴方の目の前まで歩く。そして真っ直ぐに貴方を見据え、言った。

「【NAME】さん。不躾な願いで済まないのだが、私の手伝いをしてくれないだろうか」

「はぁ!?」

 横でリトゥエが素っ頓狂な声をあげる。しかしエリンは気にした風も無く言葉を続けた。

「前に話したように、私は奴を、あの蒼炎を操る男を追っている。君も聞いたろう? アルマナフの大神殿に入った賊の噂を。私がエーデンバーグで調べた神形器と、アルマナフ大神殿から盗み出された祭器……そして、私の家から持ち出された文献。その総てが繋がったのです。これで、奴の行動も読むことが可能になった。今ならば奴を捕らえることが出来る」

 そこで、一瞬視線を外し項垂れる。

「ですが、私だけでは力が足りない。いや、正確にはあの男以外の者を……抑えていてくれる者が必要でしてね。だから、是非、君の力を借りたい」

「あ~ん、もう何言ってるの! 無理だよ無理、やられちゃうよ!」

 リトゥエが貴方と老人の間に割り込み、ばたばたと暴れ始める。羽から小さな燐光を撒き散らしつつ目の前でくるくる回る小妖精。酷く鬱陶しい。

「【NAME】と違って、お爺さんなら『芯属』がどれだけ危ない相手かくらい知ってるでしょ!? ダメだってば! ほら、【NAME】も何とか言ってよ!」





──助力──


 貴方は協力すると、短く答えた。

「ありがとう、【NAME】さん。助かる」

 老人は険しい表情にほんの少しだけ笑みを混ぜ、そしてまた表情を戻す。だが、そんなやり取りに慌てたのはリトゥエだ。

「ちょ、ちょっと! 【NAME】まで何言ってるのよ! ダメだってば!」

「どうやらあの碑石と文献は『芯なる者』が過去に封じた──アルマナフの──封印を──」

 貴方とエリンの周りをぐるぐると回りながらリトゥエは甲高い声で叫ぶが、貴方とエリンはそんな彼女を無視して話を続ける。

「とにかく、時間が無い。説明は移動しながら行います。まず、急ぎオルノルンへ向かいましょう。既に律法騎士団の方も動いているようですが恐らく間に合わない。それに……私は自分の手でケリをつけたい」

 言って歩き出すエリンと、それを追う貴方。

「ああ~ん、私の話聞きなさいよぉ!! 心配して言ってんのが判んないの!?」

 その背後からリトゥエがふらふらと付いてくる。

 リトゥエの言う事も判らないでもないが、危険だと判っていてもやらなければならない。今はそんな時なのだ。

 貴方とエリンは足早に都の外へ向かって歩き出した。

禍狩りの翁   推測

──推測──


 早朝の赤く焼けた日の光が差す街道を、貴方は歩く。その傍にはどこかしらぐったりとした様子の小さな妖精と、硬い表情を浮かべて足早に歩く老人の姿がある。

「アルマナフの『御前』のお話では、奴の目的は過去に『芯なる者』によって封じられ、この世界と他概念世界の狭間である混沌領域『奈落』へと放逐された同族をこちら側へ呼び戻す事。そのための手順が書かれていたのが、私の家から持ち出された文献。『御前』が仰られるには『夜の芯属』を呼び戻すための鍵となる品が、三つあるそうなのです」

 前を見据えたまま貴方に説明するエリンに、リトゥエが驚いた表情で顔をあげた。

「ちょっと待って。なんでそんなことまで判るの? それにお爺さん、前に文献については全然判らないって言って──」

 だがリトゥエはそこで言葉を区切り、驚きの表情を更に濃くする。

「……って、もしかしてその『御前』って、あのアルマナフ正教会の最高指導者のこと!? 未来視と過去視が出来るって噂の……あれって、ホントだったの?」

 エリンは短い頷きだけで返答。

「実際には違うそうなのですが、我々にしてみれば過去未来視も同様ですね。私はオルノルンからラケナリアへ戻ってから『御前』に直接今の状況を訴え、御力を貸していただけるよう申し出たのですよ。結局オルノルンでは痕跡一つ見つけられませんでしたから。あと、頼れるものは『御前』の夢見しかなかった」

 エリンの報告を受けた『御前』は己の夢見の力を使い、青い炎を操る黒衣の男が一体何の目的で動いているのかを知るために眠りにつき、三日。

「目覚めた『御前』は、奴の目的が己の同胞をこの世界へと戻すことだと、そう仰られた。『御前』の夢の中ではそれは現実のものとなり、このオルスのみならず、五王朝全土に大きな災いを振りまくと」

 なにやら、えらく話が大きくなってきた。貴方とリトゥエ、困ったように顔を見合わせる。

「ただ『御前』の夢見により映し出される未来は、その事実が皆に知れ渡っていない事が前提となっています。それを彼女が他の者達へと知らせれば、その未来は流動する。故に、我々があの『夜の芯属』を止めることができれば、その未来も変えることが出来る筈です」

 老人は力強く断言する。貴方の肩の上に座ったリトゥエは「仕方ないなぁ」と言った調子で軽く溜息をつくと、

「で、それは判ったけど、肝心の……えと、三つの鍵、だっけ? それって結局何なの? お爺さんの家にあった碑石と、アニンフォートとアルマナフにあった神形器で三つ?」

「いや、碑石については未だ何も。『御前』の夢見では、鍵として出てきた品は三つ」

 あの『夜の芯属』が焼き尽くしたアニンフォートの家にあった神形器『魔鈴シヴァルバブルーメ』。

 聖アルマナフ大神殿の奥深くで幾重もの封印を施し安置されていた神形器『魔刀シュヴァルツブルーメ』。

 この二つは同系統の神形器であり、そしてもうひとつ、『魔鏡ロートブルーメ』と呼ばれる神形器が存在するのだという。

「二つは既に『夜の芯属』に奪われ、残るは魔鏡のみです。つまり、我々がその魔鏡を確保していれば、いずれあの男の方からやってくる」

「でも、その魔鏡のある場所がわかってないと、どうにもならないけど……お爺さん、知ってるの?」

 尋ねるリトゥエにエリンは歩を緩める事無く小さく頷いてみせる。暫く街道を歩き詰めの筈だが老人の歩みに揺らぎは無い。

「アルマナフの『御前』に直接聞いた情報です。まず間違いは無い。魔鏡は銀嶺山脈にある一山、アーマルファの頂上にある。そこに魔鏡を封印するためだけに作られた四柱神殿があるそうです。急ぎましょう、銀嶺山脈の頂上にある銀嶺四柱神殿へ」

禍狩りの翁   神形

──銀嶺山脈 銀嶺四柱神殿──


 山道を急ぎ、険しい斜面にできた棚を利用して作られた石造りの神殿へと辿りつく。神殿はこんな辺境の地に建てられているわりにかなり大規模な造りとなっており、屋根には四柱神を模った石像の姿などが見て取れた。

「静か、だね」

 神殿の正面で【NAME】達は立ち止まる。リトゥエが貴方の肩からふわりと飛び上がり、恐々といった調子で周囲を見渡した。

 エリンは手に持った杖で帽子の鍔をあげ、薄暗い神殿の内部へと目を凝らす。

「……おかしい。確か魔鏡の管理を行うためにアルマナフ正教会の者が数人、こちらへ詰めている筈なのですが」

「山道の時も感じたけど、なんかこう……イヤな雰囲気。ねぇ、もしかして、もう──」

 引きつった表情で呟くリトゥエ。それを遮るように、老人が一歩前に出て告げた。

「とにかく、ここでこうしていても始まりません。行きますよ」

 杖を手に神殿の奥へと歩き始めるエリン。貴方とリトゥエは慌てて追った。

 神殿の中は石畳となっており、歩く度に硬質の音が響く。内部の構造は簡単なものらしく、中央を抜ける大きな通路から所々枝となる小さな通路が生え、その先には幾つかの部屋が繋がっている。元々の造りは殺風景なものなのだろうか、壁や通路の隅には幾つかの雑貨や薬草らしきものを束ねたものなどが転がっており、それが確かな生活感を生み出している。窓は少なく、内部は全体的に暗い。

「でも……やっぱり居ないね、人」

 枝の通路から幾つかの部屋を覗き込んでいたリトゥエが戻ってくる。闇の中でもある程度視界が利くリトゥエに、先程から数本の通路を今のように覗いてきてもらったが、結果は同じ。

「誰か居た痕跡はあるんだけど、肝心の人がさっぱりで──」

 と、そこで彼女は言葉を切り、中央を通る通路の奥へと眼を凝らす。

「居た! 奥に誰かが……でも……ああ、血が……」

 背中の羽から大量の燐光を散らし、弾かれるように奥へと飛んでいくリトゥエ。光の軌跡を残して薄闇の中へと消えていく。

「【NAME】、お爺さん! 来て!」

 更に奥から声が響く。貴方とエリンは反射的に神殿の奥へと走り出した。

 二十歩程も進まぬうちに、暗色の中に広がる朱の色が見えた。次に現れたのは数人の武装した者達。そのどれもが地に伏せ、身動き一つしない。

「既にやられていたか」

 彼等を見渡し、呻くエリン。

「お爺さん、こっち来て! この人が何か……」

 通路に倒れている者達の中で最奥に居た男、その傍に浮んでいたリトゥエが再度呼ぶ。男はかなりの深手を負っているようだがまだ意識はあるらしく、何事かをこちらに伝えようとしているようだ。

 その男の傍へと移動し、薄く口を開き掠れた声を出す男に耳を近づける。

「……あの……のを……とめ……ちかの……」

 そこまで言って震える指で通路の奥を一度指差すと、男の身体から力が抜け、ぐったりと動かなくなる。

「奥、か。【NAME】さん、急ぎましょう。このままでは取り返しのつかない事になる。リトゥエさん、君は彼等の治療をお願いします」

 片膝をついていたエリンが、貴方と傍らに浮んでいたリトゥエに告げて立ち上がる。老人の言葉にリトゥエは貴方の顔と周りに倒れる者達を数度見比べ、躊躇いつつも頷く。

「【NAME】、お爺さん、気をつけて」

 心配げなリトゥエに声に見送られつつ、貴方と老人は神殿の奥へと駆け出した。



 神殿の奥にある大広間、その隅に地下へと続く隠し階段があった。普段ならばまず気づかないだろうが……それを隠蔽していたであろう像は完膚無きまでに破壊されており、下へと続く穴が完全に露出している状態ならば気づかない方がおかしい。

 貴方とエリンは広間を駆け、階段を下っていく。五十段、百段、百五十段と下り、二百段目でようやく階段は途切れた。目の前にある厚み三十センチを超える鉄扉、その中央には高熱に熔かされて開いたような巨大な穴があり、その奥には二つの人影が見えた。背を向ける影の一つは男、一つは女。両者とも黒の衣に身を包み、髪も白で統一されている。

「くそっ!」

 エリンが小さく毒づく。右手で杖を構えると、左手で空中に数度印章を描き、それを切り裂くように杖を振るう。同時にそこから爆発的な光の奔流が生まれ、錠前が破壊されて半開きになっていた鉄扉を勢い良く弾き飛ばした。老人の生み出した流れは鉄扉に激突した程度では収まらない。そのまま扉の奥に居た二人組のうち、男の方へと一直線に襲い掛かる。

 二人は背後から迫る光に気づくが、避ける余裕は無い。光は男の黒衣へと収束し、爆発──しない。男が腕の一動作で黒衣を軽く翻しただけで、殺到する光の流れに歪みが生じ、矛先を男からその背後にある祭壇へと変えた。男の後方で光が炸裂し、祭壇が弾け飛んだ。

 貴方とエリンは階段を駆け下りた勢いを殺さぬまま、室内へと足を踏み込んだ。部屋は広く、四隅には印章による照明が淡い光を放っている。部屋の奥にあった祭壇は先程のエリンの一撃で破壊されている。部屋に居るのは貴方とエリン、そして黒衣の男女二人。エリンはこちらに振り返った二人のうち女の方を見据え、ぎり、と強く歯噛みする。

「やはり、クローディアか。私の声が聞こえるか、クローディア」

「…………」

 しかし、女はエリンの声には何の反応も示さず、意思を感じさせぬ朱眼を貴方とエリンに向けるのみ。代わりに、先程エリンが放った光をあっさりと払った男が声を出す。

「背後から不意打ちを仕掛けてくるとは、随分な挨拶だな」

 呟き、一歩前に出た。エリンへ眼を向けた男の端正な顔に、少し驚きの色が混じる。

「……老い耄れ、アゾックの碑石を貰い受けるときに一度会ったな。まさか生きているとは思わなかったぞ」

 視線をエリンから貴方へと移す。そこで彼の両眉が不機嫌に歪められた。

「そして貴様は──私の食事を邪魔してくれたあの時の輩か。煩わしい」

 男は酷薄な表情で吐き捨てると、また一歩、こちらへと踏み出してくる。

「我はエルドリヒ・ルーヴェン。高貴なる闇と夜の血脈に連なる焼却者。封印の鍵となる三器の神形と、『奈落』に漂う我が同胞達の位置を示す碑石が揃った今、力を惜しむ必要もない。良かろう、まとめて相手をしてやる。行くぞ、我が僕よ」

「…………」

 黒衣の男エルドリヒ、彼の脇に控えていた白髪の女──エリンはクローディアと呼んだか──が、青年の声と合図として、まるで地を滑るような動きで音も無くこちらへ迫る。

「クローディア!! く、駄目か!」

 エリンは舌打ち交じりに叫び、小さく祝詞を唱え杖を構え直す。

「【NAME】さん、来ますよ!!」



battle
漆黒の者


 止めとばかりに放った貴方とエリンの攻撃を避け、黒衣の男が大きく背後へ跳躍。それに合わせて倒れていた女も後退する。

「くははッ! 偽りの人の子の分際で存外やる! だが、所詮は亜流たる力。我には及ばん!」

 追い詰められている筈なのに、エルドリヒの表情には未だ余裕の色が見える。彼は声高に言い捨てると、懐から一つの鏡を取り出した。

 それを見て、追撃しようと前へ身を乗り出していたエリンが立ち止まり、叫ぶ。

「あれは……この神殿に封じられていた神形器か!」

「ご名答。では、行くぞ」





──神形──


「貴様等の芯なる存在が作り出した、神と称されし者の御力宿す器、その力をとくと味わうがいいッ!」

 黒衣の裾から鈍い輝きを放つ直刀と白金の鈴が姿を現し、男の手の中のあった鏡と共に彼の周囲をゆっくりと回る。

 

『咲けよ、三輪の神成る華よ。

  汝は天地を穿つ剣となり、

   汝は貫かれぬ鈴音となり、

    汝は総てを癒す鏡となり、

     我は仇を滅す神となろう。

    記せよ、尊き神鳴る者の御名を』

 

 冷めた空気が立ち込める神殿内に、独特の韻を踏んだ男の言葉が響く。同時に彼の周りを漂う三つの器に膨大な力が生まれ、周囲の存在を圧迫し始める。剣や鏡、そして鈴から生み出される力は尋常なものではなく、あれは明らかに……自分達の手に負えるものではない。貴方は器から感じる力に圧倒され、一歩後ろへと下がる。

「大丈夫だ。……まだ、手はある」

 その時、背後から声。下がる貴方と入れ替わるようにエリンが一歩前へ進み出た。老人は三つの器を操るエルドリヒへと視線を向けたまま、呟く。

「【NAME】さん。すまないが、少しの間クローディアを──」

「ふん。我が僕よ、あの老い耄れを殺し喰らえ」

 数度空中に印章を描き始めたエリンに向かい、黒の炎を纏ったクローディアが襲い掛かった。身を低くして一瞬で距離を詰める。エリンは小さく舌打ち。印章の記述を放棄し、手に持った杖で彼女の攻撃を退ける。

「──っく!」

 連撃。炎を宿す彼女の手足が踊り、エリンの身体を焦がす。彼女は右の掌から放った黒炎の塊を囮に老人の側面へと廻り、その勢いを殺す事無く廻し蹴り。エリンを神殿の壁際へと叩きつけた。

 完全に防戦一方となったエリンを眺め、エルドリヒは小さく喉を鳴らした。

「同じ血脈同士が殺しあう。くく、余興としては申し分ないな」

 そして視線をゆっくりとこちらへと移す。三つの神形器を従えたエルドリヒの力は絶大で、一度睨まれただけでその気配に飲まれ、身動き一つ取れない。エルドリヒはそんな貴方を見て目を細めると、高らかに宣言し、襲い掛かってくる!

「……ではこちらも始めるかッ!」



battle
神形の操り手


エルドリヒの放つ強烈な攻撃を受けて天井近くにまで叩き上げられる。

「墜ちよ」

 そこに下方からの声が響く。間髪入れず貴方の真上に鈍色に輝く直刀が現れ、既に身動き一つできぬ貴方の身体を打撃。石畳の上へと激しく叩きつけられた。

 衝撃で肺から空気が押され、掠れた音と共に吐き出される。石畳に血の飛沫が舞った。全身が痺れ、指一つ動かせない。

 霞む視界の片隅では、クローディアの手刀に胴を貫かれ、仰向けに倒れ伏すエリンの姿が映る。

「ク……ローディ……ア……」

「────」

 エリンの呻きにも女は眉一つ動かさず、神形器を纏うエルドリヒの傍へと身を移した。

 黒衣の男は倒れる貴方達を一瞥し、口元を歪め笑う。

「なかなか楽しめたか。さぁ、貴様の概念、我が糧とさせてもらおう」

 エルドリヒがゆっくりと空中を滑り、貴方の首元へと手を伸ばす。身体は未だ言う事を聞かず、逃げることもできない。

 

 ──ぢり、と。

 男の掌が貴方に触れる寸前、身体に刻まれた刻印が、疼く。

 

 同時に刻印から膨大な量の光が生まれ、エルドリヒの纏う暗色の影を削ぎ落とした。

 エルドリヒはその光から身を護るように神形器を操りつつ、素早く距離を取る。

「馬鹿な、『芯なる者』の概念干渉刻印だと? 何故、偽りの者がこのような……」

「──ぅ、あ」

 と、エルドリヒの傍らに居たクローディアが、そこで初めて表情を崩す。呻きと、苦痛に歪む顔。

「女が、耐えられんか。ここで『贄』を失うわけにはいかん……退くぞ」

 エルドリヒが黒衣の裾を翻し、クローディアを包み込んだ。同時に二人の姿が一瞬にして視界から掻き消えた。

 男が去ると、貴方の身体に刻まれていた刻印から発せられる光も徐々に弱まっていく。そしてあとに残されたのは、床に血溜まりを作り倒れるエリンの姿。

(……あれは)

 血まみれで床に身を伏せたエリンは遠目からでも危険な状態だと判る。神蹟などによる治療を行わなければ、到底助からないだろう。しかし、貴方の身体も先程エルドリヒから受けた攻撃によりかなりの重傷を負っており、今も視線を動かすのがせいぜい。しかも痛みにより徐々に意識が遠退き始めていた。

「く、そ──」

 霞みが激しくなる視界の中、懸命に動こうとして毒づき、貴方はそのまま気を失った。





──副都オルノルン 四柱神殿施療院──


 貴方はオルノルンにある施療院の一室で目を覚ました。

「【NAME】! ……良かったぁ」

 寝台に寝かされていた貴方の目の前には、手に濡れた布を持ったリトゥエの姿がある。恐らくはこちらの汗でも拭っていてくれていたのか。

 貴方は未だ朦朧とした意識の中、あの後の顛末についてリトゥエに尋ねる。

「ホントに危なかったんだよ? 私が神殿の人たちの治療を簡単に済ませて【NAME】達を追っかけたら、【NAME】もエリンも死にそうになってるんだもん。私の力じゃあんな酷い傷どうしようもないし、特にエリンのお爺ちゃんの傷が酷くて……」

 手の施しようが無く途方に暮れていたリトゥエを救ったのは、その直ぐ後にラケナリアからやってきた律法騎士団の人間達だった。彼等は貴方とエリンに何度も神蹟による癒しを施しながら、このオルノルンまでわざわざ運んでくれたらしい。

「律法騎士の人達のお陰で【NAME】の傷は完全に直してもらえたんだけど……それでもエリンのお爺ちゃんの傷は酷くて。なんか概念ごとあの火で燃やされちゃったみたいで、身体の一部が完全に崩滅しちゃったみたいなんだ。だから多分……もう一生、直らないと思う……」

 顔を伏せて呟くリトゥエ。貴方も深く溜息をつき、再度寝台に身を横たえた。



 リトゥエの言ったとおり傷の方は完治していたらしく、一度眠り、目覚めた時には殆ど普段の調子に戻っていた。

 その後、ラケナリアの大神殿からやってきた律法騎士達が詰めている部屋を訪ねた貴方は、部隊を率いているらしき男から、エリンの容態は一進一退でかなり危険な状態である事などを聞いた。エリンの所在についても尋ねたのだが、現在は隔離されて集中治療を受けている最中で会うことは出来ないとの返事。同時に、あの時の『夜の芯属』の居所についても訊いてみるが、

「我らが『御前』が仰られるには、このオルスのどこかに『夜の芯属』を『奈落』へと放逐するために使った穴、それを開く為の祭壇が残っている。『夜の芯属』はそこへ向かう筈だという事なのですが……肝心のその祭壇が何処にあるのかが掴めない。我々も最善を尽くしてはいるが……もしかしたら、間に合わないかもしれない」

 何とも歯切れの悪い言葉が返ってくる。

 間に合わない。それはつまり、あの圧倒的な力を誇るエルドリヒと同等の力を持つ者達が、大量にこの世界へ舞い戻ってくるという事だった。



「ねぇ、【NAME】。これからどうしよっか……」

 施療院をでた貴方に、リトゥエが心底困ったような声をあげる。彼女の考えている事は手に取るように判った。あの神形器を持ち去った黒衣の男をどうにかしたいのだが、どうしようもなくて困っている、そんなところだろう。

 確かに、今さら知らぬ顔で通す訳にも行かない。既に乗りかかった船だ、できればエリン老の仇討ちを手伝ってはやりたいが……あれだけの力の差を見せつけられると、正直もう一度奴に挑んだところで返り討ちに遭うのが関の山だろう。それ以前に、奴の居場所すら掴めていないと来ている。

 ……さて、一体どうしたものか。

禍狩りの翁   失踪

──失踪──


 副都オルノルンの北区域に、煉瓦造りの赤茶けた建物が幾つか連なる場所がある。そこが、このオルノルンにおけるアルマナフ正教会の神殿となっている。一般に四柱信仰と呼ばれるものはラムーザ、バハル、イトゥニス、ネウレトゥの四柱神を主神としておく様々な宗教団体を纏めて称するものであり、『四柱信仰』という名前の宗教団体が実在するというわけではない。現在、アルマナフ正教会は他の四柱信仰団体よりも一歩抜きん出た存在となっており、故に彼等の所有する神殿などが『四柱信仰の神殿』の代表として見られることが多い。実際オルノルンの都にはアルマナフの神殿以外にも幾つか四柱信仰の神殿が存在するが、その規模においては比べるべくも無い。

 一般的に、アルマナフの神殿には『施療院』と呼ばれる施設がある。神蹟を用いて人々の傷や病を癒し、神の御力を人々に知らしめる──そして組織の運営資金を得る──ための場所だ。そして今、このオルノルンの施療院にはあの老人、エリン老人が滞在している筈だった。

「お爺さん……大丈夫かな?」

 淡い赤と黄色の花々が控えめに咲く庭園を抜けて、施療院の玄関に辿りついた貴方の肩上。三階建ての建物を見上げるリトゥエの表情はどうにも曇り気味だ。

 銀嶺四柱神殿でエルドリヒに敗北したあと、あの老人とはまともに顔をあわせていない。あの時は面会を拒否されたわけだが、あれから暫く時間も経った今なら会う事くらいはできるだろう。

 ──もっとも、既に会おうにも会えないような状態になっているという事も考えられるのだが。

「とにかく、行ってみよ? 【NAME】」

 リトゥエの言葉に頷き、貴方は施療院の中へと入っていった。



 エリンの居る場所を尋ねるため、近くに居た聖職者らしき女性を一人捕まえて尋ねてみたのだが、その返答は驚くべきものだった。

「し、失踪した!? ちょ、ちょっと、それどういう事よ!」

 大声をあげるリトゥエに目を白黒させながらその女性が答えてくれた内容は、思わず頭を抱えたくなるような代物だった。数人の施療師──治癒関係の神蹟に特化した聖職者──による集中治療を受けて何とか命だけは取り留めたらしいのだが、その翌日に部屋を抜け出し、何処かへと姿を消したのだという。

「……神蹟によって命を取り留めたとはいえ、まだ動けるような状態じゃない筈なんです……。あくまで傷を覆っただけで……下手に動けば傷がまた開いて、そうすればもう……」

「ど、どうしよ……【NAME】、急いで探さないと!」

 リトゥエが完全に混乱した様子で叫ぶ。とはいえ、一体どこに向かったのかすら判らない現状ではどうしようもない──のだが、どうしようもないからと言って探さない訳にも行くまい。

 とにかく、手当たり次第にオルスの都を回ってみるしかないだろうか。

禍狩りの翁   追跡

──オルス領 ウスタール大街道──


 オルス首都、巫都ラケナリアへ至る街道の途中。貴方が歩いている場所から五十メートルほど前方、ウスタール大街道の傍らに延びる大樹、その根元に蹲る黒の人影が見えた。貴方の頭上に浮んでいたリトゥエがそちらへと目を凝らし、

「エ、エリンのお爺さん!!」

 悲鳴じみた声を上げ、弾かれたように空中を疾駆。燐光を散らしてそちらへと飛んでいく。貴方も慌ててリトゥエを追い、走った。

「ねぇ、お爺さん、大丈夫!? 私の声、聞こえてる?」

 リトゥエの声に、幹に背を預けていた老人は閉じていた両眼をゆっくりと開いた。

「……おや。妖精のお嬢さんに……【NAME】さん。久しぶりですね、元気にしていましたか?」

「世間話してる場合じゃないでしょ! 傷の方、大丈夫なの? 施療院を抜け出したって聞いて、探してたんだよ?」

「いやはや、施療院の方であれ以上世話になっていると、身体の方が鈍ってきそうでしたのでね」

 立ち上がる老人の黒服、その隙間から彼の身体の様子がかすかに見えた。

 腹部に、ぽっかりと大きな穴が開いていた。そこは何も無い空洞で、血すらも滴っていない。

「……お爺さん、それ……」

 指差し、震える声を出すリトゥエに老人は薄く笑う。

「はは……どうやらクローディアに存在概念ごと燃やされたようでしてね。術で簡単に補強してもらいはしましたが、もう二度と塞がる事は無いでしょう」

「こんな状態で……とにかく、ラケナリアの方へ運ぶから! 大神殿の施療院ならもっと──」

 リトゥエは老人の周囲をくるくると回り、そう捲くし立てるのだが、エリンの方はと言えば、表情を殆ど変えずに微笑むのみだ。

「……無駄ですよ。それに、治療を受けている余裕も無い。私にはやらなければならないことがある」

 そこでエリンは貴方を真っ直ぐに見据え、告げた。

「【NAME】さん。もう一度、私に力を貸してくれないだろうか? 私はもう一度あの蒼炎の男に挑んでみようと思う」

「ちょ、お爺さん!」

 慌ててリトゥエが声をあげるが、エリンはそれを無視して言葉を続ける。

「私には、たとえ芯属が相手でも決して引けを取らぬ、最後の術式があります。前回は仕掛ける前にクローディアに近づかれ失敗しましたが、発動させることさえできれば、あの『夜の芯属』すら葬る自信はあります。妖精のお嬢さんも、心配する必要はありませんよ」

「でも……その傷じゃ……」

 隣に浮ぶリトゥエの頭を軽く撫でてやるが、小妖精の表情は一向に明るくなる気配が無い。

「なに、あの男に会うまでは、何とかもたせてみせますよ」

 そう言って老人は笑うのだが、一体どうしたら良いものか。

 その険の無い表情に反して、彼の顔色は酷く悪い。恐らく下手に連れ歩けば間違いなく命に関わってくるだろう。老人の身を考えるなら問答無用で施療院へと運び込むのが当然。だが、彼の言う『最後の術式』とやらが本当にエルドリヒを葬り去る力があるというなら、あの男が画策していた『夜の芯属』をこの世界へと復活させるという計画を阻止する事ができるかもしれない。





──追跡──


「ありがとう。助かります」

 エリンは杖を支えに大樹の幹から背を離す。多少よろめきはしたが踏みとどまり、己の足だけで立ってみせた。

「ホント馬鹿。お爺さんも、【NAME】も」

 老人のそんな姿を見て、隣に浮んでいたリトゥエがほとほと呆れた調子で呻く。

「でも、律法騎士たちの話だと『夜の芯属』を呼び戻す穴を開くための祭壇の位置、判ってないんでしょう? お爺さん、知ってるの?」

 エリンは小さく首を横に振った。が、その顔には余裕が感じられる。

「ですが、推測は可能です。祭壇は少なくともこのオルスのどこかにある。これはアルマナフの『御前』が仰っていた事です。そしてその祭壇は少なくともオルス内の四つの都市には存在しない筈です。あるならば、既に律法騎士達が見つけている筈ですから。となればあとは『現出地形』以外の場所を探せば、祭壇と奴を見つけることが出来る」

「? どうして『現出地形』に祭壇が無いって判るの?」

「当然です。『夜の芯属』を『奈落』へと追放したのは古代の時代を生き、何処かへと去った『芯なる者』達。ならば、本来この現世界にあらざる地形、どこの世界のものとも知れぬ『現出地形』にその祭壇がある筈も無い。『概念現出』による地形に存在する可能性も考えられるが、そんな場所にあったとしても祭壇が本来の機能を発揮するとは思えない。あれはそこにある概念の全てに干渉し、捻じ曲げる」

 老人の言葉に貴方は軽く頷いてみせ、頭の中でオルスの地図を思い浮かべる。

 一般に『現出地形』と呼ばれているのは群竜回廊、風鳴りの丘、参慧樹の三つ。銀嶺山脈も『概念現出』の区分に入るため、対象からは外される。

「ならば、残る地形は二つ。『ラシーヌの白林』と『南オルス平原地帯』の二つです。このどちらかに……『奈落』へと繋がる道を開くための祭壇がある筈です」

 胴を片手で抑えつつ、老人は歩き出す。頼りなげな足取りではあるが、それでも一歩一歩と街道を進んでいく。貴方も老人の後について歩き出した。

「……急ぎましょう、【NAME】さん。もう、私にも皆にも残された時間は、あまり無い。『夜の芯属』達を復活させてしまえば、この五王朝がどうなるか。『御前』の夢見通りの未来へと辿りつくわけには行かない」

禍狩りの翁   地下墳墓

──南オルス平原地帯──


 オルス領南方、巫都ラケナリアの南東部一帯に広がる平原地帯。土地は豊かで気候も安定しており人が暮らすにはもってこいの場所である。

 だが、古くから小鬼、犬鬼に豚鬼。更には喰人鬼に『大禍鬼・ヴァルラカーン』など、人の敵対者である鬼種が数多く住む危険な場所でもあるため、人は殆ど住んでおらず、その肥沃な大地は殆ど手つかずに近い状態で残されている。


 ──ぢり、と。

 身体に刻まれた刻印が小さく、ほんの小さく疼いた。


「【NAME】……? どうしたの?」

 肩に座るリトゥエの問いに答えず、貴方は何かを探すように南オルスの平原を見渡す。見えるのは一面の緑と、所々に開いた白色の凹凸。鬼種などの姿も見えず、静かなものだった。

 しかし、先程から疼く身体に刻まれた刻印が、この平原に何かが潜んでいる事を絶え間なく知らせてくれる。

「【NAME】さん、何か、見つけたのかね?」

 背後に立っていたエリンが声を掛けてくる。貴方は老人に振り返り、何かを言おうとして──視界の片隅に奇妙な歪みを見つけて言葉を止めた。

(なんだ?)

 眼を細め眉根を寄せ、平原の彼方にあるその歪みの正体を確かめようと目を凝らすと、歪む空間の隙間に、地中へと続く巨大な穴を見たような気がした。

(そういえば……)

 前にも似たような事があった気がする。

 オルノルンにあるフガー歓楽街であの『夜の芯属』と出会ったとき、今と同じように刻印が疼いて──つまり、今回の疼きと歪みがあの時と同じ現象だと言うならば、あそこに芯属の結界か、芯属自体が居る、そう考えられる。

 ということは、あの歪みの先にあるのが、アルマナフの律法騎士や自分達が探していた祭壇が、そして銀嶺四柱神殿で出会った『夜の芯属』が居るという事だろうか。

 そう思い至った貴方は、慌ててその方向へと歩き出す。草が擦れて音を立て、両足に纏わりつくが構わない。あの時の同じ感触。ならばあの歪みの先にエルドリヒ達が居る筈だ。貴方は草原を暫く進んだあと背後を振り返り、ついてきていた老人とリトゥエにその事を説明する。

「……なるほど。探知系の印章刻印か何かですか。芯属の結界すら察知するとは……かなりの印章ですね」

 老人が疲労の混じった顔に感心した表情を浮かべたのに対し、

「…………」

 傍らに浮ぶ小妖精は、いつもの彼女とは根本的に異なる、酷く厳しい表情を浮かべて黙りこくっていた。

 貴方は彼女の様子に小さく首を傾げるが、気にしていても仕方が無い。草原の向こうに見える歪みへ向かって歩き出した。



「これは……凄いな。南オルスにこんな巨大な遺跡が残っていたとは……」

 老人は帽子の鍔をあげると、高さ十メートル近い黒石の天井を見上げた。

 平原にあった歪みに近づくと、それはゆっくりと形を変えて、幾何学的な紋様が刻まれた巨大な階段が姿を現した。周囲の土色に抗するような鈍い鋼の色を持つ幅広の階段を下り続けて十数分。その階段が途切れた先に広がったのは、幅、高さ共に数十メートルはあるかと思われる通路だった。黒主体の色彩を持つ壁と天井には今まで見たことも無いような奇怪な紋様があり、両壁には淡い光が点々と灯っており通路の先を細々と照らしている。

「きっと【NAME】が言ってた歪みは、この遺跡を造った芯属達が敷いた隠匿結界か何かだと思う。【NAME】の刻印は……芯属に関係した力に酷く敏感だから」

 肩の上に立ち、険しい表情で周囲を見渡していたリトゥエが空中に浮かび上がり、壁に刻まれた紋様を一撫でしてこちらに振り返る。

「とにかく、急ごう【NAME】。きっと、あの『夜の芯属』はこの先に──【NAME】、前! 何か居る!」

 リトゥエが叫び、遺跡の奥を指差す。反射的に貴方がそちらへ振り向くと、両壁に取り付けられた赤に近い淡色が照らされて、酷く巨大な影がゆっくりとこちらへ迫ってくるのが見えた。

「守護者か。しかし……」

 背後に立っていた老人が訝しげにその影を見やる。

 現れたのは青銅色に染まる全長三メートルの巨人。そしてその両脇には長い鬣を持つ大型の四足獣が二匹。

「どうやら、かなり手酷い傷を負っているようですね。それでもこちらへ向かってくる忠誠心には感心しますが……」

 エリンの言うとおり、姿を現した巨人と二匹の獣はそのどれもが深手を負っており、動きも鈍い。あれならば、容易に倒す事ができる筈だ。

 貴方は武器を構え、迫る守護者達と相対する!



battle
蹴散らされし守護者


 現れた守護者を無難に退ける。

「大丈夫ですか、【NAME】さん」

 倒れた守護者達の間で息を吐く貴方へ、背後に控えていたエリンから声が掛かる。

 今回、エリン老人は戦闘には参加していない。元々あの身体では普通に歩くことすら際どい筈だ。戦闘などできるような状態ではない。

 あの『夜の芯属』に対抗するためのとっておきの術式があるというエリン。

 それを信じて、こうして『夜の芯属』を追っているのだが……果たして、今の老人の身体で芯属を滅する程の術式が扱えるのかどうか。やはり、多少の不安はある。

 だが、ここまで来て今更逃げ帰るわけにも行かない。

 貴方はエリンとリトゥエに軽く目配せしたあと、急ぎ遺跡の奥へと歩き出した。





──地下墳墓──


 歩き始めて一時間ほど過ぎただろうか。ようやく通路が途切れ、目の前には巨大な扉が一つ。

「ここが、終着点……かな」

 肩上に立つリトゥエが扉を見上げ、小さく口を開く。貴方が軽く扉に手を触れると、見るからに重苦しい扉が何の抵抗も無く開いた。

 扉を潜ると同時に、室内に満ちていた強烈な力が身体を打つ。

 百メートル四方の巨大な広間。中央には球を主体として構成された奇妙極まりない物体が鎮座し、その前には黒衣の青年と、空中に浮び仰向けに横たわる女の姿があった。広々とした部屋の床の全域に細かい紋様がびっしりと描かれており、中央の祭壇には剣、鏡、鈴の三つの神形器がはめ込まれているのが見えた。

「間に合った、か」

 一歩遅れてエリンが室内へと足を踏み入れる。老人の視線は祭壇の前に立つエルドリヒと、無表情のまま目を閉じ空中に浮ぶクローディアに注がれていた。

「貴様等か。面倒なときに現れる」

 祭壇のある方向から声。背を見せていた黒衣の男エルドリヒが、こちらに気づいたのかゆっくりと振り返った。

「クローディアを返してもらうぞ、芯属よ!」

 エリンの言葉に黒衣の男は小さく眉を顰めてエリンを見やり、そして薄く笑みを浮かべる。

「そのような身体でどうする気だ、老い耄れ。この女には『贄』としての役を果たしてもらわねばならぬ」

 言葉と共に軽く指を鳴らすと、空中に浮んでいたクローディアの身体から浮力が失せ、ゆっくりと床に横たえられる。再度エルドリヒが指を鳴らすと、彼女の閉じていた両眼が開かれ、無駄のない動作で身を起こし、立ち上がった。

 エルドリヒはエリンから視線を外し、エリンの傍らに立つ貴方を見やる。

「貴様が何故『芯なる者』の刻印を持つのかは知らんが、今回は油断せぬ。行くぞ、我が僕よ」

「…………」

 傍らにクローディアを従え、蒼白い炎を纏ったエルドリヒがこちらへ向かって歩を進める。その動き自体は静かなものだが、圧倒的な威圧感を見る者に与えてくる。

「【NAME】さん。暫くの間、奴とクローディアを喰い止めて下さい。……お願いします」

 それを見たエリンは、数歩後ろへと後退する。

 あの老人が一体何をするつもりなのかは判らないが……今はそれに賭けるしかない。

 貴方は老人の方へエルドリヒ達の意識が向かぬよう、しっかりと武器を構え、彼等に向かい猛然と攻撃を仕掛ける!



battle
漆黒の者


「くそ、忌々しい! 『芯なる者』の刻印が我の炎を阻むか!」

 貴方の攻撃を受けて後方へと弾き飛ばされたエルドリヒが、そのまま数度後ろへ跳躍し、貴方から距離を取る。

「我が僕よ、奴を抑えよ。神形を使う。式は組み直しとなるが、仕方あるまい。あの邪魔な刻印者を完膚なきまでに崩滅させる!」

 叫び、エルドリヒが腕を振り上げ、振り下ろす。すると床に倒れていたクローディアがゆらりと立ち上がり、両手に黒色の炎を纏わせてこちらに迫ってくる。

 その合間に、エルドリヒは祭壇から次々と神形器を取り出す。剣、鈴、そして鏡。

「【NAME】、やばいよ! あいつに神形器を使わせたら──!」

 空中からリトゥエの声が聞こえた。

 ……そんな事は判っている。しかし、クローディアが執拗に攻撃を仕掛けてくるため、エルドリヒの動きを阻止する事が出来ない。このままでは前回の二の舞だ。

 その時だ。

 朗々とした声が何処からか生まれ、大きな広間全体に響き渡る。

 

『我が命とは異なる命 我が理とは異なる理

 我が身とは異なる身 我が心とは異なる心

    我は異なる者と世界を一とし

    我は異なる世と全てを一とす

  我は白剣、天命の騎士

   我は太陽、絶え間無き光王なり

  我は白楯、終礼の護法

   我は聖霊、揺るぎ無き聖王なり』

 

 声が途切れると同時、貴方と戦っていたクローディアの右肩に光が弾け、彼女の身体が壁際へと弾かれ、床に倒れ伏せる。

 驚きで動きを止めた貴方の背後から、大きな空気が流れが生まれた。間髪入れず、貴方の頭上を幅三メートルはあるかと思われる巨大な白剣が通り抜ける。強烈な光を放つその剣は一直線に空中を走り、反射的に横へと飛び退いたエルドリヒを掠めつつ祭壇へ直撃した。

 弾ける強烈な激突音。

 白剣の一撃は広間の中央にあった巨大な祭壇を粉々に破壊した。それは比喩でもなく文字通りの粉々。剣の一撃で砕けた破片自体がまるで連鎖するようにどんどんと破裂していき、粉となり、塵となっていく。例外は祭壇の上部に設置されていた神形器のみで、それだけは無傷のまま、空中に放り出される。

 そこへ白剣が再度振るわれた。先程の直線の動きとは異なり、横へ薙ぐような動き。貴方の頭上を横殴りの風が舞う。

 空中に浮んでいた神形器はその剣の一撃を受け、耳障りな異音を立てて三つ同時に分断された。

「な、にぃ──」

 真っ二つにされた神形器にエルドリヒは驚愕の声を上げ、そして貴方の背後を見据え更にその表情が驚きの色に染まった。

 貴方も慌てて背後へと振り返り──そして唖然とする。

 そこに居るのは黒服の老人ではなく、全長八メートル近い身体を純白の全身鎧で包んだ騎士。両腕には巨大な楯を備え、手には淡い燐光を放つ巨大な白剣。先程貴方の頭上を通り抜けていった剣だ。

「ラムーザ……」

 リトゥエが呻くように呟いた。四柱神の中で正義と審判を司るとされる白銀の騎士の姿をした神の名。今、貴方の目の前にいるのは明らかにそれだった。

『【NAME】さん、下がっていてください』

 全身から光を放つ騎士から、広間全体を震わせるような声が響く。その声音は明らかにエリン老人のものだ。

 貴方が道を譲ると、殆ど物音を立てぬまま騎士は一歩前へと足を踏み出した。

 そして片手を地面に倒れ伏していたクローディアへと差し出す。巨大な指が数度動き、空中に印を描く。次の瞬間、空間に残った光の軌跡は強烈な輝きを放ち、仰向けに倒れる彼女を包み込んだ。黄金に近い光に照らされ、白色の彼女の髪に一筋、黒い線が走り、それはゆっくりと広がっていく。

「させんっ!!」

 エルドリヒの声。同時に、彼が纏っていた蒼白の炎が蛇のようにのたくり、白銀の騎士へとその鎌首を擡げる。しかし、騎士は片手に持っていた剣を一閃させ、その炎を呆気なく断ち切った。

「くそ、儀式に力を注ぎすぎたかッ」

 芯属が歯噛みし呻く間に、倒れていたクローディアの髪は完全な黒へと変色する。同時に、肌の色も今までの青に近いものから、赤みを帯びたものへと変化していた。

『君達はクローディアを連れて逃げてください。あの子を支配していた奴の力は断ち切った。もう、元のクローディに戻っている筈です。後は、私に任せて』

 騎士は更に一歩前に踏み出すと、顔を芯属の方へと向けたまま、声を継ぐ。既に意識はエルドリヒに向けられているようだ。

 広間の中央に立つエルドリヒも、先程とは気配が全く違う。

 纏う炎の色が徐々に蒼白から藍に近い色へと変化している。黒衣の内から漏れ出す気配は今までのどこか余裕を残したものとは違い、猛り狂う怒りの思念に満ちていた。

『芯属よ。我が命により造られし白剣、その身に受けるがいい』

 騎士が踏み出し、手に持った剣を構える。

「祭壇……神形器……すべて、すべてを破壊してくれたか、この──老い耄れがァ!!」

 轟、と。

 叫びと共に、エルドリヒの纏っていた炎が膨れ上がり、騎士が振るった剣と激突。遺跡全体を激しく揺るがす。

『【NAME】! 早く、クローディアを連れてここから出るんだ! 祭壇は破壊した、既に奴の計画は阻止したんだ!』

 エルドリヒの炎を楯で弾き、剣で突き破っていた騎士から声が響く。

 貴方は視線をずらし、広間の壁際に倒れるクローディアを見る。確かに、今までとは異なりごく普通の娘のように見えるが……今までの事もあり、連れて行くには流石に躊躇ってしまう。それ以前に、あの老人を置いてここで逃げだしてしまって良いものかとは思うが……眼前で繰り広げられている芯属と騎士の戦いは、到底貴方が立ち入れるような戦いではなかった。恐らく足手纏いにしかなるまい。





 広間の壁際に倒れるクローディアの元へと歩み寄る。目を伏せ、ぐったりと身を横たえる彼女の顔には薄く汗が滲み、悪夢でも見ているかのように眉根は緩く寄せられている。今まで手傷を負っても一切表情を変えなかった彼女とは、髪や肌の色が元に戻ったこともあってか、殆ど別人のようにも見える。

「【NAME】……、どう? 平気そう?」

 背後から心配げな声を出すリトゥエに軽く頷きで返し、貴方はクローディアの身体を抱き上げる。既に老人の繰り出した白剣で神形器は破壊されている。あとはこのまま遺跡を脱出するだけだ。

 広間の中央からは絶え間無く激音が響いてくる。エリンの繰り出した剣が床を削り、振るわれる。それを完全に物質化した炎でエルドリヒが受け流し、黒に近い藍の炎が騎士の装甲を焦がした。その度に強烈な爆音が響き、遺跡全体が激しく振動する。

 ……長居しているとあの戦いの巻き添えを食いかねない。正直なところ、エリンと共に逃げ出したいところだが、あの老人はエルドリヒに対し数多くの借りがある。そして彼が奴を直接倒す事ができるチャンスは今だけだ。ならば、老人の気の済むようにやらせてやるしかない。

 貴方は踵を返すと、クローディアを抱えて広間を抜け出し、遺跡の出口へと繋がる通路を走り出した。



 通路を走り始めて数分。まだ出口まではかなりの距離を残している。

「お爺さん……大丈夫かな……」

 傍を飛ぶリトゥエが後ろを振り返り振り返り呟く。しかし、自分たちが残ったところでやれることは殆ど無い。あの老人の力を信じる他ない。

 背後からは時折激しい振動と爆音が響き渡り、その度に遺跡自体が激しく揺れる。

「【NAME】! 上、亀裂が走ってる! やばいよ、早く遺跡から出ないと!」

 背の羽から燐光を振りまきつつ空中を飛んでいたリトゥエが天井を指差す。見れば、確かに天井には深い亀裂が幾つか走っており、奥から響いてくる振動が激しくなるにつれて石の欠片がぱらぱらと床にこぼれ落ちてくる。

 とはいえ、こちらは気を失った人を抱えて走っている身だ。クローディアはそれ程大柄ではないため重量は問題ないのだが、人を抱えて走るというのは基本的に無理のある行為だ。上手くバランスが取れず、急ごうにも急げない状態だった。

 その時、背後から一際激しい振動が来た。

 貴方は思わず立ち止まり、振り返る。

 しかし既に広間からかなりの距離を走ってきているため、振り返ったところで見えるのは通路の両端に灯る淡い光と、その輝きが及ばぬ場所を埋める闇色のみ。

 ──の筈だった。

「【NAME】、何やってるの! 急がないと!」

 立ち止まり、呆然としていた貴方に気づいたのか、先行していたリトゥエが慌ててこちらの傍へと戻り、急かすようにぐるぐると貴方の周囲をまわる。

 そんな彼女に、視線だけで広間へと繋がる方向を指し示してみせる。

「え……?」

 絶句するリトゥエ。そこには藍色の炎を纏う黒衣の男が薄い笑みを浮べ、立ってた。

「よ、夜の芯属!? うそ、なんで……?」

「神形を完全に破壊しなかったのが、あの老い耄れの敗因だ」

 エルドリヒの黒衣の中から、光り輝く三つの塊が姿を現す。それは既に剣、鈴、鏡の形を保ってはいなかったが、それらが生み出す気配は明らかに──

「神形器……」

 呻き、貴方の背後に隠れるリトゥエ。黒衣の男は三つの塊を周囲に漂わせ、一歩、また一歩とこちらに近づいてくる。

「貴様の手にあるその『贄』、返してもらうぞ。祭壇は破壊されたとはいえ広間に刻まれた象形はまだ健在だ。神形と『贄』さえあれば、その象形を使い、まだ道を開く事は可能」

 そこで言葉を切ったエルドリヒの端正な顔に、酷薄な笑みが浮んだ。

「さあ、刻印者よ──疾く、去ね」



battle
真夜中の公子


「不完全とはいえ……神形の力を打ち破るか、刻印者がァ!!」

 明らかに致命傷となる一撃を受け、エルドリヒの身体が揺らぐ。

「くそぉ、くそぉ、くそぉおおおおッ!!!」

 絶叫と共に、エルドリヒの身体から膨大な量の炎が吹き出す。周囲の壁に接触したその炎は凄まじい音を立てて破裂し、流動し、壁すらも火種にして周囲の空間を喰らい始める。

「や、やばいよ【NAME】! はやく、はやく逃げないと──!!」

 炎が壁に当たり破裂するごとに遺跡全体が激しく振動し、天井からこぼれおちる欠片の量も増えていく。確かに、このまま居ては危険だが……。

「いかせはせんぞ、刻印者よ。我が命の炎、身を持って味わえ!!」

 狂気の入り混じった眼をこちらに向け、エルドリヒが片手をこちらへ向ける。その仕草にあわせ膨大な量の炎が貴方へ向かって放たれる──寸前。男の身体を、通路の奥から延びた巨大な白剣が貫いた。

「な、にぃ──」

 身体を完全に分断されつつも、呻き、背後へと振り返るエルドリヒ。

 そこには既に元の姿に戻り、全身から血を滴らせながら立つ老人、エリンの姿があった。先程まで纏っていた騎士のオーラは既に右腕にしか残っていないが、そこから突き出された白剣がエルドリヒの身体を真っ二つに断裁していた。

 エルドリヒの身体が、白剣が纏う光に飲まれ、塵となって消えてゆく。

「芯属よ。お前は、私と共に、逝くのだよ」

 エリンは呟き、同時に喀血。床に両膝をつくが、しかし、その表情は柔らかなままだ。

 そして、先程のエルドリヒが放った炎の破裂に耐え切れず、老人の真上の位置にある天井が崩れ落ちた。

「お爺さん!!」

 リトゥエが思わず前へと出る。が、間に合う筈も無く──大音響と共に、老人の姿は巨大な石片の下へと消えていった。

 しかも天井の崩落はそれだけでは収まらない。貴方の真上に近い位置にも無数の亀裂が走るのが見えた。

「お爺さん、お爺さんッ!!」

 老人が消えた石片の下へと向かおうとするリトゥエを片手で捕まえ、クローディアを抱え直す。そして、貴方は出口へ向かって全力で走り始めた。



「【NAME】、見えた! 出口だよ!」

 階段を登る貴方。その少し上方を飛んでいたリトゥエが指差す方向を見れば、四角に区切られた青の空が見えた。何とか脱出できたらしい。

 と、その時。階下から強烈な爆音と、風が吹き上がった。あまりの風の強さに、思わず階段に手を突く。

 そして次の瞬間に激しい振動。

 同時に、唸るような地響きが奥から響いてくる。

「急いで【NAME】! 遺跡が、崩れ始めてる!」

 遺跡の出口から声。先程の風で外まで吹き上げられたリトゥエの声だ。

 彼女の言うとおり、下から響いてくる地鳴りはどんどんと大きくなってきている。貴方はクローディアを抱え直すと慌てて階段を駆け上がり、遺跡から脱出した。同時に背後から激突音。振り返れば、階段の天井を構成していた部分が崩れ落ち、遺跡の出入口を完全に塞いでいた。あと数秒遅れていれば、崩落に巻き込まれ下敷きになっていただろう。

「何とか逃げられたけど──」

 空中に浮んでいたリトゥエが、ゆっくりと貴方の傍へと降りてくる。その表情は助かったという安堵は薄く、かわりに暗い表情が浮んでいる。

「お爺さん……」

 リトゥエはぽつりと呟くと、掌を組み、小さく顔を伏せた。

禍狩りの翁   白樺

──白樺──


 その白樺の下には、幾つもの花束が供えられていた。

 ラケナリアの都の中央にある聖アルマナフ大神殿。五つある神殿の中央、象徴となる大本殿を裏手に廻った場所に、小さな庭がある。神殿内の他の庭、様々な種の花々が咲き乱れる庭々とは異なり、そこはただ丈の短い芝が敷き詰められているだけ。だが、緩やかな傾斜をもつ丘の頂点にはただ一本、まだ歳若いと思われる白樺が蒼く広がる空に向かい、その若々しい枝葉を伸ばしていた。

 この庭は、神殿内にある他の庭とは異なる役目を持っていた。

 アルマナフ正教会において、何らかの功績を残し、そして現世を去った者達をこの白樺の許で弔い、葬り、奉る。そういう役目を持つ場所だ。丘の中央にある白樺は聖アルマナフ大神殿が造られたときに苗として植えられたものだ。

 そんな場所へ、貴方とリトゥエはやってきていた。

 通常ならば、ここは関係者以外は立ち入ることが出来ない場所だ。しかし、現在の貴方はアルマナフ正教会において、ある意味英雄的な人間として認められていた。故に、こういった場所にも比較的容易に足を踏み入れることができるのだ。



 ──あの南オルスでの戦いの後、貴方は気を失ったままのクローディアを連れてアルマナフの神殿へと訪れた。クローディアを神殿の者に預けた後、大きな広間へと通され、大神官や律法騎士団長などが見守る中、貴方は事の顛末についてを説明した。

 話し終えると、周りを取り巻いていた者達は喜怒哀楽と様々な表情を浮かべつつも、皆、声を出す事無く、部屋から立ち去っていく。

 その中で、数人の屈強な騎士を脇に従えた少女だけが一人、その場に残った。時代掛かった服装に踝にまで届く長い金髪をもつ少女は、ただ小さく微笑み、唇を開いた。

「エリンの望みを叶えてくれて、ありがとう」

 一言、そう呟き、笑みをほんの少しだけ深くする。

 あれが、エリンの言っていたアルマナフ正教会の最高指導者である『御前』、つまり、オルスの現国主アムレ・オルスその人なのだと、あとでリトゥエに聞かされて驚いたものだが。



「あれ……? 【NAME】、先客が居るみたい」

 貴方の肩上に座っていたリトゥエが、丘の中央に生える白樺の根元を指差す。そこには、白樺の色に混じるように、一つの人影がこちらに背を向けて立っているのが見えた。

 背後に立った貴方に気づき、その人影がゆっくりと振り返る。

「【NAME】様」

 純白に統一した服を着込んだ黒髪の女性が、貴方を見て少し驚いたような表情を浮べ、そして柔らかに微笑む。瞳に宿る色は優しく、軽く口元を隠す仕草はひどく温かみがある。

 彼女が、あの『夜の芯属』に付き従い、数度貴方と戦った白髪の娘、クローディア──いや、クローディ・オージュの現在の姿だった。エリンが呼んでいたクローディアという名は通称であるらしく、本来はクローディという名前らしい。

「身体のほう、もう大丈夫なの?」

 貴方の肩上からふわりと浮き上がったリトゥエに、クローディは笑みを深めて小さく頷く。

「はい、おかげさまで。今日、ついていただいていた施療師の方に外出の許可をいただきまして。ですからこうして、この庭へやってきたのですけれど」

 白樺の根元にある大きな石碑、そのすぐ下には真新しい花束が置かれている。恐らくは彼女が供えたものだろう。

「──なんだか、まだ悪い夢を見ているようですわ。お父様、お母様、そしてお爺様。皆が襲われたとき、わたくしも一緒に居た筈なのに……その時のことが思い出せない……わからない」

「…………」

 クローディの言葉に、リトゥエが何か言いたげに口を開き──そして閉じる。

 彼女には『夜の芯属』に汚されていた頃の記憶が一切無く、自らの手で祖父に致命傷を負わせた事についても全く覚えていなかった。廻りの人間もその事については彼女には教えず、クローディの両親と共に亡くなったと彼女に伝えていた。

 無言のまま、白樺の根元にある石碑を見つめる。石碑は中央に短い詩が刻まれているだけの極めて簡素なものだ。

 風が緩やかに吹き、クローディは髪を抑えながら両膝をつくと、そっと石碑に手を触れる。

「いつか、思い出せるときが来たら、またここへ参りますね。お爺様」

 別れを告げる彼女の言葉に答えるように、風が止む。それにあわせてクローディは立ち上がると、軽く膝を払う。

 そして貴方を真っ直ぐに見据え、にっこりと微笑んだ。

「──でも、【NAME】様のほうから来ていただいて助かりましたわ。わたくし、【NAME】様がどこにいらっしゃるのかお聞きしておりませんでしたから。さあ、参りましょう、【NAME】様。リトゥエさんも、これからよろしくお願いしますね」

「え? あ、うん……」

 唐突に言われ反射的に頷くリトゥエ。

(……参りましょう?)

 クローディの言葉に、貴方は首を捻る。 一体、どこへ参るのだろう?

 尋ねると、クローディは相変わらずの微笑を浮かべたまま、こう続けた。

「ご恩返しですわ。【NAME】様は、わたくしの命を救ってくださったのでしょう? でしたら、今度はわたくしが【NAME】様のことを護る番ですわ。我等イトゥニスの信徒は、誰かに尽くし護ることを至上の喜びとしておりますの」

 そこで頬に掌を手を当てて、小さく溜息を吐く。なにやらいきなり仕草が芝居がかってきた。

「ですけど、今までわたくし、自分の全てを捧げ尽くすに値すると思える御方に出会ったことがなくて……イトゥニスの信徒は己が尽くし護るに足る存在が居ない場合、どれだけ神蹟が扱えようとも信徒としては半端者としか扱っていただけませんの」

 しかし、困ったような表情を浮かべていたのはその一瞬だけで、今度は両掌を胸の前であわせて満面の笑みを浮べ、貴方を真っ直ぐに見据える。

「けど、それももうお終いですわ。わたくし、自分が尽くすに足る方をようやく見つけましたもの! 今日からわたくしも、一人前のイトゥニスの聖職者です。さあ、【NAME】様。参りましょう!」

 要するに、自分達についてくる気なのか、この娘は。

「……結構強引なタイプみたいだね……予想外だけど」

 隣に浮んでいたリトゥエが、呆れたような表情でぼそりと呟いた。

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