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二つの頭脳   研究助手1

──支都ルアムザ近郊 昂壁の翼──


 支都ルアムザの外れ、都の中心から一キロ程離れた位置に、城塞にも似た巨大建造物がある。伝説の大魔術師カドモル・ウォンがグローエス王家の助力を得て、古代の遺失魔術研究や魔術師を目指す者達の為に作り上げた、数少ない術師養成校がこれだ。

 名を『昂壁の翼』という。

 現在では『虹色の夜』以降、グローエス五王朝内で発生している『現出』についての調査を学院全体で推し進めているという話だが、その詳細については一切明らかにされていない。


 ルアムザの南側から都を出て、数分。『昂壁の翼』の門番にレリエルと自分の名を告げると、門はあっさりと開かれ、とっとと入れ、といった風な仕草で手招される。

「取り敢えず、私、隠れてる。なんか見つかると捕まえられて実験にでも使われそうだし」

 門をくぐる間にリトゥエが懐の中に潜り込む。お得意の隠匿結界でも張れば良いのではとも思ったのだが、「あれは幻視の力がある人には効かないし、普通の人でも少し気合入れれば見えちゃうから」という返事。魔術学院である『昂壁の翼』では幻視の力を持つ者も多いだろうし、彼女の判断もあながち間違ってはいないだろう。


 広く、よく手入れは行き届いているが人通りは少ない庭園を抜けて、貴方は前方に見える建造物へと近づく。視界に映るのは五つの建物。

 唯一の出入口となる門から真正面の位置に建つ、五つの中で最も大きい建造物は『中央塔』。『昂壁の翼』での執務や施設運営などの諸業務は全てここで行われており、研究員達の居住区も兼ねる。

 そしてその周りをぐるりと囲むように、四つの塔が配置されている。

 二つの『研究塔』に『儀式塔』と『貯蔵塔』。『研究塔』は『昂壁の翼』に所属する研究員達の仕事場であり、第一塔を下級、中級研究員を従えた導師が、第二塔を上級研究員達が使用している。『儀式塔』は塔全体に強力な結界が張られており、大規模な魔術儀式の実験や召喚、新規印章の記述試験等に用いられる。『貯蔵塔』は魔術儀式などで使用する消耗品や、付与、錬術実験などで生成された特殊な品などを保存するのに使われ、五つの塔の中で最も強固な警備体制を持つという。

 今回、貴方が向かうのは第二研究塔だ。他の施設も気にならない訳ではないが、物見遊山に他の塔を見て廻って厄介事に巻き込まれたりするのは御免だった。



 研究塔を登り、公社で指定された部屋の前へと辿りつく。

 そしてノックを数度。しかし返答は無い。何気なくノブに手をかけて押して見ると、あっさりと扉は開いた。

「うん?」

 乱雑に積み上げられた、素人目にはガラクタにしか見えない品々の合間から女性の声が響く。

 そちらへ目を向けると、窓際に近い場所に配置された木製の椅子に座る白の人影が見えた。身体は窓をむいたまま、顔だけが軽くこちらに向けられている。切れ長の瞳が戸口に立つ貴方を横目で捕らえていた。

「何者かな、君等は。……見たところ、ここの人間では無いようだけど」

 軽く眼鏡の位置を直し、訝しげにこちらを見やる。

 二十歳半ばを過ぎたあたりだろうか。肩に掛かる程度の銀に近い髪と、つるが無く縁に奇妙な凹凸がついた眼鏡。そして少しくすんだ白衣が特徴といえば特徴か。

「何者って、門番の方から来客の知らせくらい来てないの? しっかりしてるようでいい加減ね、ここ」

 ひょこりと懐から顔を出したリトゥエが辛辣な声を出す。

 唐突に現れた妖精の姿に白衣の女性は目を丸くし──

「……へぇ、君、妖精憑き? いやはや、久しぶりに見たな」

「あーもー! 私、取り憑いてないってば」

 歯を剥き出しにして怒るリトゥエ。どうもこの小妖精は『妖精憑き』という言葉が気に入らないらしい。

「そーなの? どっから見てもそう見えるんだけど」

「もぉそれは良いから。……で、貴方、ルアムザの斡旋公社の方に依頼出してたでしょ? その件で来たんだけど、私達」

 言われ、白衣の彼女は「はて」と訝しげに眉を寄せ──

「──ああ。そういえばそんなのも出したっけかね」

 呟き、彼女はガラガラと部屋の中に散らばる障害物を蹴散らしながら歩き、貴方の目の前で停止。

 懐へとひょいと両手を伸ばす。

「うぇ? ちょ、ま、やめ──あぶぶぶぶ」

 にょいんにょいんとリトゥエの頬を両手で捏ね繰り回しながら、彼女はこちらに視線を向け、軽く首を捻る。

「えーと。それで、あたしって何の依頼出してたんだっけか?」

「うぃあういあぅいあういぁうぃ!!」



「ああ……そうかそうか、思い出した」

「おぼぼぼぼ」

 左手だけでリトゥエの頬をうにうにと器用に弄りつつ、右手に持った紙束を眺め、眼鏡の女はふむ、と頷いた。

 部屋はいい加減に片付けられ、部屋の中央に強引に空けられたスペースに貴方は腰を下ろしていた。懐にリトゥエの姿は無い。今は窓際に置かれていた椅子に座る白衣の女の手の中だ。

 彼女は紙束を机の上──に堆く積み上げられた様々な品々の上にひょいと投げ捨て、

「ふむ。まず、自己紹介が要るかね。私はレリエル。レリエル・アディ……じゃなかった、レリエル・ウォン・レイン。身分は一応五王朝所属の文官って事になってる。ここの上級研究員は皆そうなんだがね。で、君等は?」

 彼女の問いかけに、名を答える。

「ふぅん。【NAME】君ね。……あと、これは?」

「るぃるとぅえ~っふぇうゆーあはなえー」

「へぇ、リトゥエちゃんか。よろしくね~リトゥエちゃ~ん」

「あーもー、止めれっちゅーの!」

「あら、逃げちゃった」

「逃げるに決まってんでしょ、馬鹿ッ!」

「まぁま、そう怒らない。──さて、ナニ頼もうとしてたか思い出したことだし、本題に入るかね」


 ──彼女の話の内容はこうだった。

 通常、この『昂壁の翼』内ではかなりの量の銀を常に確保している。銀は魔術儀式や干渉発動体などに用いる魔術品の作成に欠かせない重要な品なのだ。

 だが、最近ある術者が行った実験の失敗により『昂壁の翼』に保存されていた銀の殆どが失われてしまったのだという。

 お陰で他の術者(含むレリエル)が行っている銀を用いた実験、研究、製造、錬法作業に多大な影響を及ぼしているらしい。


「とまぁ、そういう理由でね。君等に『シルヴァー芯結晶体』をどこかで確保してもらって、それをあたしの処に持ってきてくれないかなと、そういう訳だ。今、君等が芯結晶体を持ってるのならそれで手を打っても構わないけど」


 生憎、手持ちにシルヴァー芯結晶体は無い。というか──

「ちょっと待ってよ。普通の銀鉱石ならともかく、芯結晶体見つけてこいっての? あんなレアモノ」

 リトゥエの言う通りだった。芯結晶体と呼ばれる類のものは発見される事自体極めて稀。そう簡単に手に入るものではない。

「こっちは判っていて言ってるの。まぁ、銀嶺山脈の探鉱辺りで偶に出るらしいけどね」

 そこで、こほんと小さく咳払い。

「だから、それなりに報酬は弾むつもりでいる。公社なんて使ったの初めてだから、ああいう処の相場とかはあまり知らないけど……そうだね、1000リーミルくらいは出そう」

「せ、1000リーミル……」

「それじゃ、取り敢えずは宜しく頼むよ。門の連中の方には話通しておくから、見つけたらこっちまで持ってきてくれ。それ程急いてる訳じゃないから、ゆっくりでも構わない」






「おー、来たね」

 部屋の扉を開けると、相変わらずガラクタまみれの室内からレリエルの声が響く。


 【NAME】は苦労してそのガラクタの海を泳ぎレリエルの元へと辿りつくと、『シルヴァー芯結晶体』を手渡した。

「……ふむ、具合は悪くないな」

 窓から差し込む光に透かし、レリエルは結晶体を覗き見て満足げな声で頷く。

 ひょいと机の引き出しを開いて結晶体を放り込むと、かわりにかなり大きめの麻袋を取り出す。

「これが約束の1000リーミルだ。持っていくといい」

 手渡された袋には、確かな重みがあった。


「今回は助かった。また機会があればよろしく頼むね」

 レリエルはそういうと薄く微笑み、ぷらぷらと片手を振った。

二つの頭脳   研究助手2

──支都ルアムザ近郊 昂壁の翼──


 前に訪れた記憶を頼りに研究塔を歩き、貴方はレリエルの部屋の前へとやってきた。

 扉を数度ノック。返事は無い。

 留守なのだろうかと首を捻り、傍らにいるリトゥエを見るが、彼女は両手を広げ、それは無いだろうと一言。

「だって気配はするし……多分、聞こえてないんじゃない?」

 仕方なく、扉を開き──鍵は掛かっていなかった──部屋の内へと足を踏み入れる。部屋は相変わらずの状況で、足の踏み場も無い。

 貴方はガラクタで構成された山脈の隙間を進み、窓際にある机に向かっていたレリエルへと声を掛けた。

「おや、君は……確か【NAME】君、だったか? 今度も君が依頼を受けてくれたの?」

 こちらに振り返ったレリエルは、眼鏡の位置を直しつつ手に持った紙束を机の上に投げ出す。

「相変わらず、きったない部屋ねぇ。ちょっとは掃除したら?」

「いや、これは効率的、機能的な面で見てベストと考えられる配置なのだよ」

「……嘘くさ。大抵、整頓嫌いの連中ってそういう事いうのよね」

 リトゥエの声にレリエルは軽く笑い、

「ま、否定はせんがね。さて、取り敢えずお茶でも出そうか。その辺のモノ適当にカタして座ってて」

 言って、レリエルは散らばったガラクタの間を器用にすり抜けつつ、部屋の奥──彼女の部屋は一つの大部屋と三室ほどの小部屋で成り立っている──へと姿を消した。

「カタしてって言われても、ねぇ?」

 半眼のまま周りを見渡し、引きつった声でリトゥエ。周囲に堆く積まれた品々は、少しでもバランスを崩せば今にも倒れてきそうなほどだ。下手に触れば、どうなるのかは考えるまでも無い。

 さて……どうしたものかな。



「ん。今日のお茶は遥か遠方のカレマルクから取り寄せた、特製の茶葉を用いた紅茶さね。この間知り合いに貰ったんだ」

 何とか空けたスペースにリトゥエと座り、軽く陶器の器に口をつける。

 ……確かに、美味い。

「で、今回の仕事についてなんだが。簡単に言えば、あたしの護衛を頼みたいんだ。場所はウチの『儀式塔』にある禁書領域。報酬は……そうだな、それぞれに390リーミルといったところだろうか」

 そこで貴方とリトゥエは同時に眉を顰め、顔を見合わせる。

「? なんで『昂壁の翼』の中へ行くのに護衛が居るのよ? それに、『儀式塔』って確か魔術の実験とかするとこじゃないの? 禁書って事は、書室か何かなんでしょう? そこって」

 リトゥエの問いに、レリエルは「どう説明したものか」と小さく唸り声をあげる。

「禁書階層ってのはね、あたし達の先輩や『昂壁の翼』の設立に関わった人達が色々なところから集めた妖書や怪書を保管している場所でね。ここでいう『妖書』とかっていうのは、持ち主が呪われるとかそういう類のものでなくて、本自体が化け物になっちゃってる物だから。本来なら『中央塔』や『貯蔵塔』に置きたいのだけど、あまりに危険なので『儀式塔』に階層単位で備えつけてある大規模な印章を使って、その本達を閉じ込めてる訳だ」

「ち、ちょっと、なんで貴方そんな危ないところに行くの!」

「なんでって……そこに欲しい本があるからに決まっているだろう? 最近、新しい製法の機甲兵器を作ろうと思っていてね、それを実現させるには、あそこにある本がちと入り用なのだよ。でも、あたしだけだと少々手に余るのでね。誰かに手伝ってもらおうと公社の方に告知を出していたわけだ。

 ……今更断るなんていわないでよ。因みにこの紅茶、すんごく高いから、そのつもりで飲むこと」

 再度口をつけようとしていた貴方の動きがぴたりと止まる──が、既に半分以上飲んでしまっている。今更どういう言っても始まらないので自棄気味に一気に煽った。

「な~んか、ヤバそうな事になってきたなぁ」

 呻くリトゥエに心底同意。しかし、レリエルはそんな貴方達の様子など気にした風も無く立ち上がると、

「今回はあたしも一緒に行くから。必要な本のタイトルを伝えておいても、君達が置いてある本の表題がちゃんと読めなければ一緒だからね。では、早速行こうか」





──昂壁の翼 禁書階層──


 新月が生み出す黒々とした夜の闇に紛れ、貴方とリトゥエ、そしてレリエルは『昂壁の翼』を構成する塔の一つ、『儀式塔』へと忍び込んだ。

「ねぇ! ちょっとレリエル! なんでこんな泥棒みたいなカンジで忍び込まなきゃならないのよっ!」

 壁と壁との隙間に隠れ、用心深く周囲を見渡すレリエルに、リトゥエが叫ぶ。確かに、彼女の言う事は最もだ。話に出ていた禁書領域のなかというならいざ知らず、塔に入る段階から周囲に気を配る必要がどこにあるのだろうか?

「決まってるじゃない、無断侵入だからよ。因みに見つかると問答無用で罰金その他が待ってるから、細心の注意を払って隠れるように」

「「な、なぬーっ!!」」

 ハモった。

「ああ、騒ぐな騒ぐな」

 貴方とリトゥエの口を両手で器用に塞ぐレリエル。リトゥエは顔面を丸ごと手で覆われ、ばたばたと暴れる。

「──ぷはぁ! っと、許可くらい取っときなさいよ馬鹿!」

 ようやくその手の束縛から逃れたリトゥエが──小声で──レリエルに文句を言う。

「禁書領域を使う許可なんて、申請してから許可下りるまで半年以上掛かるから。その間に審査、審査、審査で絶対蹴られるからね。あたし、どちらかといえば窓際扱いの方だし。だからあそこに入るにはそっと行くしかないわけ」

 理解はできるが……納得できない。隣に浮ぶリトゥエも同様の表情を浮かべている。

「ああ、もう! 大体、その禁書なんたらってところにちゃんと入れるんでしょうねぇ。強烈な結界張ってあるんでしょ?」

「抜かりは無いよ。ちょっとしたツテから、質の良い対結界の印章石を仕入れてね。それを使えば万事解決。ほら、行くよ。【NAME】君もちゃんとついてきて」

 貴方は少々この依頼を受けたことを後悔しつつ、螺旋階段を走っていくレリエルの後を追った。



 階段を登り、行き着いた先は誰も居ない回廊。そこを暫く進んでいくと、濃い青色の壁が現れ、道を塞ぐ。

「うーわ、凄い結界。力場が濃すぎて奥が全然見えないよ、これ」

 ふわりふわりとその膜に近づいたリトゥエが、軽く指で突く。同時に、ぱしんと軽い音が響き、膜が小さく放電する。さすが五王朝における魔術の最高峰と呼ばれる『昂壁の翼』に敷かれた結界だ。到底、個人で突破できる類のものには見えない。

「リトゥエちゃん、ちょっと離れて。印章石を使う」

 物珍しそうにぴしぴしと膜を突いていたリトゥエを押しのけ、レリエルが懐から巨大な印章石を取り出す。普通の印章石と比べ三倍以上はあるそれを掲げると、独特の韻を踏んだ短い詩を詠う。

 

 東の空から光が生まれるように 夜は東の空から舞い来る

 西の空から風が生まれるように 雲は西の空から舞い来る

  ならば私は光と風を結びて

   東と西を架ける橋となろう

  ならば私は夜と雲を結びて

   東と西を翔ける翼となろう

 

 声が空間を震わせ、消えると同時。レリエルの持っていた印章石が強烈な光を放ち、前方の結界をゆっくりと、しかし確実に侵食する。そして一分も経たぬうちに、青色の結界には直径二メートル程の巨大な穴が開いていた。

 レリエルはそこで軽く声を放ち、印章石の動きを止めると懐に仕舞う。と、貴方とリトゥエが浮かべる表情に気づき、首を傾げる。

「? どうしたの?」

 どうしたの、では無かった。あの規模の結界をあっさりと突破するとは……。

 リトゥエは引きつった表情のまま、目の前に開いた大きな穴を指差し、尋ねる。

「……どうしたのって……ねぇ、さっきの印章石、実はすっごい強力?」

「印章石を軍で採用しようって時に作られた試作品の一つらしいけど。制御が難しすぎるのと、コスト高すぎるって事でボツったらしい。ほら、いくよ。直ぐに空けた穴は戻ってしまうから、その前に潜るよ」

 レリエルはぽっかりとひらいた穴からさっさと奥へと歩いていってしまう。

「やっぱり、人間の使う印章も馬鹿にできないなぁ……」

 などと呟きながら後を追って飛んでいくリトゥエ。貴方も慌てて後を追った。



 回廊を進み、巨大な両開きの扉の前に来た貴方達。重々しい扉をレリエルと共に開くと、眼前には異様なほどの大きさの広間が現れる。

「ちょ、ちょっとレリエル! 何なのよあれぇ!」

 リトゥエが指差す先を見ると、部屋の入り口付近──つまり貴方達が今立っている場所の近くで、不気味な色合いの光を纏いながら空中をふわふわと漂う書物の群れが。

 レリエルはそれを見上げて数秒。

「妖書じゃないかね?」

 空中で器用にこけてみせるリトゥエ。

「いや、そうなんだろうけど、なんか飛びまくってない!?」

「確かに飛んでるね。まぁ、ありがちといえばありがちなんだけど。本に地面歩かれても困るし。いや、歩いたら歩いたである種可愛いかもな」

「そう言われるとそうなんだけど……じゃなくてぇ!」

「あまり話している余裕は無いよ。書物ってのは人のために作られたものだから、人無しでは存在し得ない。それなのに彼等はずっとここに封印されていたわけだから……」

 気づけば、先ほどリトゥエが指差していた書物の群れが、こちらに向かって一直線に向かってくる。

「人恋しい訳だな。いやはや、可愛いねぇ」

「うわー、もうやだぁ~!!」



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封印された書物


 不気味なオーラを纏っていた書物を集中的に攻撃すると、本を包んでいた光が途切れて、音も無く床に転がる。

 レリエルはそれを手早く拾い上げ、

「……外れだな。『コケリウスのダイモン』、『キュニエルシー』に……『ゴールデンルールオヴリーフティー』? ロクなものじゃない」

 次々と投げ捨てる。隣からは「苦労したのに」と呟くリトゥエの声。全くだ。

「えーと、ここは『c』の区域か。取り敢えず『s』のほうへ行ってみようか」

 いってレリエルが指差す方向には、膨大な数の本が派手に舞っているのが見えた。

「うぇ~ん……もう帰りたいよぉ」

 リトゥエの泣き声が聞こえる。正直、こちらも泣きたい気分だった。





 現れる書物達を蹴散らし蹴散らし進んでは、レリエルがその本をチェックして投げ捨てる。

 そんな事を何度か続けて一時間程。

「お、何やら大物が」

 レリエルが指差した先には、獣とも人ともつかぬ異形のオーラを纏った書物が、他の本を引き連れるようにして浮んでいる。

「よし、あれ行ってみようか。【NAME】君、リトゥエちゃん、準備は良い?」

「良くなぁ~~いッ!!」



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飽くなき者


「……ん、この本、みたいだな」

 貴方が撃退した奇怪な本のうちの一冊を抱え上げ、レリエルが数度ページを捲って軽く頷く。

「他概念世界における超越的存在の永続召喚儀法について。タイトルもあってる。何とか見つかったみたいね」

「なんかすっごいヤバそうな名前の本なんだけど……貴方、何する気なの?」

 明らかに胡散臭げな表情を浮べ尋ねるリトゥエに、レリエルは本を懐に仕舞いながら解説する。

「別に表題ほど危ないものではないよ。他の世界に存在する連中を手足の如く使役する為の基本的な術式が書かれた本、といったところだ。召術関係はあたしの本分じゃないから、こういう本も必要になる」

「ふぅん……。召喚って、宝精とかそんな感じの奴?」

「いや、支神霊の召喚に関するものだけど」

「ぶはーっッ!!」

 レリエルの返事に、リトゥエは器用に空中でひっくり返ってみせる。相変わらず芸が細かい。

「何それ、めっちゃくちゃ強力じゃないっ!!」

「いやいや。この程度、私の師匠なら鼻歌交じりにこなしてみせるけどね。……まぁ、そんな話は今は良いから、早く戻ろう。他の本達がどんどんと寄ってきてる」

 レリエルの言葉に周囲を見渡すと、確かに不気味な影を纏った書物の群れが、本棚の影から次々と這い出してくる。

 ここは彼女の言うとおり、さっさと引き揚げた方が良さそうだ。



「ふむ。何とかバレずに帰ってこれたね」

 研究塔にあるレリエルの部屋へと帰り着く。あっさりと呟くレリエルの隣で、貴方とリトゥエは冷や汗を滴らせながら深く息を吐いた。

「バ、バレずにじゃないでしょうがぁっ!! 貴方のせいで滅茶苦茶バレかけてたじゃない!!」

 ようやく息が整ったリトゥエが、レリエルに掴みかかってぎゃんぎゃんと叫ぶ。

 

 ──あの後。いざ禁書領域から脱出しようと広間を抜けて、通路を覆う結界の前でレリエルが印章石を使った瞬間。

「あ、力出しすぎた」

 の一言と共に、レリエルの持っていた印章石が莫大な量の光を放射。前方にあった障壁をあっさりと突き破るとその先の分厚い石壁などを数枚突き破り、『儀式塔』の外壁の一部を大音響と共に破壊したのだ。

 

「なんかそこらじゅうから魔術師が『転移』してくるし! 私の隠匿結界も効いてたんだか効いてなかったんだか、もー、馬鹿馬鹿!」

 などと顔を真っ赤にして叫ぶリトゥエに、レリエルはのんびりとした調子で言葉を返す。

「まぁ、その時はその時で、皆仲良く罰を受ければ──」

「「ふざけるなー!!」」

 貴方とリトゥエの声が唱和した。レリエルは困ったように首を傾げ、

「そうかね? 結構面白い罰なんだがなぁ……、とまぁ、それは良いとして。まず君等に報酬だな」

 逃げるように室内を泳ぎ、奥からひょいとリーミルの入った麻袋を投げ寄越す。

「とにかく今回は助かった。また機会があればよろしく頼むね。【NAME】君」

 レリエルはそういうと薄く微笑み、ぷらぷらと片手を振った。

二つの頭脳   研究助手3

──支都ルアムザ近郊 昂壁の翼──


 前に訪れた記憶を頼りに研究塔を歩き、貴方はレリエルの部屋の前へとやってきた。

 扉を数度ノック。返事は無い。

 留守なのだろうかと首を捻り、傍らにいるリトゥエを見るが、彼女は両手を広げ、それは無いだろうと一言。

「だって気配はするし……多分、聞こえてないんじゃない?」

 仕方なく、扉を開き──鍵は掛かっていなかった──部屋の内へと足を踏み入れる。部屋は相変わらずの状況で、足の踏み場も無い。

 貴方はガラクタで構成された山脈の隙間を進み、窓際にある机に向かっていたレリエルへと声を掛けた。

「おや、君は……確か【NAME】君、だったか? 今度も君が依頼を受けてくれたの?」

 こちらに振り返ったレリエルは、眼鏡の位置を直しつつ手に持った紙束を机の上に投げ出す。

「相変わらず、きったない部屋ねぇ。ちょっとは掃除したら?」

「いや、これは効率的、機能的な面で見てベストと考えられる配置なのだよ」

「……嘘くさ。大抵、整頓嫌いの連中ってそういう事いうのよね」

 リトゥエの声にレリエルは軽く笑い、

「ま、否定はせんがね。それでは、早速仕事の話をしようか」



 前回と違い、レリエルの話は簡単なものだった。

 調査の為にアーバンヘイム大空洞へ向かい連絡が取れなくなった『昂壁の翼』の研究員達を見つけだし、翼まで連れ帰って欲しいというごく簡単な依頼だ。

「ホントは、あたしの方に廻ってくるような話じゃないんだけど……」

 結局、前回の『儀式塔爆破事件』はしっかりとバレていたらしく、お陰で様々な雑務を押し付けられているらしい。

「本当はあたしが直接出向ければいいんだけど、写本とか印章石の生成作業とか色々仕事振られてててね。だから君等にお願いしようと、そういうわけ。報酬の方は……一人350リーミルほどなら出せるかな。

 で、どうだろうか、受けてもらえるかね?」

 依頼としては相変わらずの破格の値段だ。傍らにいるリトゥエも「大丈夫なんじゃない?」といった表情でこちらを見ている。

 貴方は承諾の意をレリエルに伝えた。

「そう。じゃよろしく。行方不明になってるのはバッケン導師が率いてる調査隊で、あの人は『呪草煎法』を研究してる人だから、レアな草が生えてるあたりに居そうなものだけど。ジメジメしている場所とか、日が全然差さない場所とかね」





──アーバンヘイム大空洞・黒天谷──


 谷の中腹、かなり勾配のきつい斜面を注意深く歩いていく。

 いっその事、谷底にまで降りてしまう方が良いかも知れないが……底に水でも溜まっていたら目も当てられないので、何とかこのまま進む。

 そこで、照明が生み出す弱々しい光の隅で何かが動いた。

 慌てて武器を引き抜き、身構える!



battle
天井から迫る者


 黒天谷の底辺に近い位置に派手な色彩の天幕を張り、生えた苔をのんびりと採取している魔術師の一団と出会う。

 どうやら、彼らがレリエルの言っていた『昂壁の翼』の研究員達らしい。

 翼の方に連絡も入れずに何をやっているのかと、天幕に近づき問い質してみると、苔採取に熱中しすぎてすっかり忘れていたという答え。リトゥエと二人で思わず脱力する。

 取り敢えず、彼らをさっさと『昂壁の翼』まで送り届ける事にしよう。





──支都ルアムザ近郊 昂壁の翼──


「おー、どうだったかね」

 部屋の扉を開けると、相変わらずガラクタまみれの室内からレリエルの声が響く。

 【NAME】は苦労してそのガラクタの海を泳ぎレリエルの元へと辿りつくと、アーバンヘイムでの顛末を話した。

「……ああ、また苔の採取に夢中になってたのか。あの人も懲りないな、ほんと」

 レリエルは溜息をつきつつ、机の引き出しを開いてかなり大きめの麻袋を取り出す。

「ほら、これが約束の報酬だ。持っていくといい」

 手渡された袋には、確かな重みがあった。


「今回は助かった。また機会があればよろしく頼むね。【NAME】君」

 レリエルはそういうと薄く微笑み、ぷらぷらと片手を振った。

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──支都ルアムザ近郊 昂壁の翼──


 前に訪れた記憶を頼りに研究塔を歩き、貴方はレリエルの部屋の前へとやってきた。

 扉を数度ノック。返事は無い。

 留守なのだろうかと首を捻り、傍らにいるリトゥエを見るが、彼女は両手を広げ、それは無いだろうと一言。

「だって気配はするし……多分、聞こえてないんじゃない?」

 仕方なく、扉を開き──鍵は掛かっていなかった──部屋の内へと足を踏み入れる。部屋は相変わらずの状況で、足の踏み場も無い。

 貴方はガラクタで構成された山脈の隙間を進み、窓際にある机に向かっていたレリエルへと声を掛けた。

「おや、君は……確か【NAME】君、だったか? 今度も君が依頼を受けてくれたの?」

 こちらに振り返ったレリエルは、眼鏡の位置を直しつつ手に持った紙束を机の上に投げ出す。

「相変わらず、きったない部屋ねぇ。ちょっとは掃除したら?」

「いや、これは効率的、機能的な面で見てベストと考えられる配置なのだよ」

「……嘘くさ。大抵、整頓嫌いの連中ってそういう事いうのよね」

 リトゥエの声にレリエルは軽く笑い、

「ま、否定はせんがね。さて、取り敢えずお茶でも出そうか。その辺のモノ適当にカタして座ってて」

 言って、レリエルは散らばったガラクタの間を器用にすり抜けつつ、部屋の奥──彼女の部屋は一つの大部屋と三室ほどの小部屋で成り立っている──へと姿を消した。

「カタしてって言われても、ねぇ?」

 半眼のまま周りを見渡し、引きつった声でリトゥエ。周囲に堆く積まれた品々は、少しでもバランスを崩せば今にも倒れてきそうなほどだ。下手に触れば、どうなるのかは考えるまでも無い。

 さて……どうしたものかな。



「はい。今回の飲み物はあたしの故郷って話の国で作ってる珈琲。マリョーンっていう果実を混ぜると美味しくなるよ」

 レリエルから黒い液体がなみなみと注がれたカップと、片手で包み込める程度の大きさの果実を手渡される。

 彼女の仕草を真似て液体に果実を絞り、軽く口をつけてみる。

(…………)

「ねぇ、私も飲んでいーい?」

 無言のまま固まっていた貴方は、手に持った器を傍らに浮ぶリトゥエのほうへ差し出す。彼女は器用にカップに張り付いて、黒の液体をぺろりと一舐め。

「ま、まず~~ッッ!! 何これ、何なのこれぇえ!!」

 叫びながらばたばたと空中を飛び回るリトゥエ。しかし、勧めたレリエルはといえば、

「……そんなにマズイかね? これはこれで味があると思うのだけど」

 言って、手に持ったカップに注がれた液体を啜る。

「うん。美味しい」

 いや、マズイだろう。

「で、依頼の話なんだが──」

「あー、マズイマズイマズぅぅううい!!」

「話なんだが──」

「マズイマズイマズイマズイぃぃい!!」

「リトゥエちゃん、煩い」

 未だばたばたと空中を右往左往していたリトゥエに向かい、レリエルが近くに転がっていた狸の置物を掴み、投げた。

「きゃんっ!!」

 直撃を受け、吹っ飛ぶリトゥエ。けたたましい音と共に、ガラクタの山脈へと頭から突っ込み、埋もれる。だが、レリエルはそんなリトゥエに視線すらくれず、

「で、依頼の話だが、今回君に頼みたいのは──」

 などと話を続けてくる。密かに怒っているのかもしれない。


 レリエルの話は以下の通りだった。

 ルアムザの都から遥か南、オルス国の都エーデンバーグに近い位置にあるラシーヌの白林。そこに群生しているという、「ルェスノ樹の根」に生えている「手のひら程の大きさ」の「真っ白な花」を取ってきてくれないかと、そういう話らしい。

「この花は『クロイデルファミリア』って言うのだけど、翼の『貯蔵塔』にあった奴はかなり昔のものらしくて少々質が悪くてね。前に禁書領域から拾ってきた本には『新鮮なクロイデルファミリア』と書いてあるし」

 依頼としては、前回に引き続き比較的楽な部類に入るだろうか。

「で、報酬は……そうだね、一人420リーミルほどでどうだろう」

 十分だった。貴方は二つ返事で依頼を引き受けた。

「そう。それじゃよろしく頼む。あと、リトゥエちゃんは忘れずに掘り出していって」





──ラシーヌの白林──


 ところ構わず木を削っていくと、近くに生えていた巨大樹から怒りに満ちた声が。

 どうも無秩序に木々を刈り過ぎたらしい。



battle
古樹の種族


 こちらを森から追い出そうとした樹木を徹底的に破壊した後、のんびりと採取を再開する。

 まず、レリエルに頼まれていた花を探さなければ──



「……こっちには無いみたい」

 東側を見回っていたリトゥエが、お手上げといった調子で戻ってくる。貴方も近場を重点的に探し回ってみたのだがさっぱり見つからなかった。

 既に探し始めて十時間は経過している。いい加減諦めようかと思ったその時。

「【NAME】! あったあった、あれだよ!」

 リトゥエが喝采をあげる。彼女の指差す方向をみれば確かに、うねうねと蠢く見るからにデンジャラスな蔦の群れに包まれ生えた『ルェスノの樹』の姿が──

「──ってマジかい」

 思わず呻く。しかし、レリエルの依頼をこなすにはあの蔦を蹴散らして進むしかない。

 貴方は軽く頬を叩いて気合を入れると、武器を構え、ゆっくりと身を泳がせ侵入者を拒もうとする蔦の中へと勢い良く飛び込んだ!



battle
邪を拒む蔓


 群がる鋭い刺を備えた蔓を蹴散らし、血塗れになりつつルェスノの樹の元へと辿りつく。

 これで根元に白い花が無ければ完全な笑い話だが──

「……あった」

 安堵する。手を伸ばし、ゆっくりとその純白の花を摘んだ。





──支都ルアムザ近郊 昂壁の翼──


「おー、来たね」

 部屋の扉を開けると、相変わらずガラクタまみれの室内からレリエルの声が響く。


 【NAME】は苦労してそのガラクタの海を泳ぎレリエルの元へと辿りつくと、『クロイデルファミリア』を手渡した。

「……ふむ、悪くない。少なくとも、こっちの倉庫にあるものよりは数倍マシだな」

 レリエルは具合を確かめるように数度花弁を突いた後、机の引き出しから小箱を取り出し、花をその中に仕舞う。


「で、報酬だけど……そうだな、最近は君にも色々世話になってるし、リーミルの他にも何かつけよう。確かこのあたりに……」

 言って、ごそごそと部屋を漁るレリエル。

「あった。アロウデファーとライトメイスシフォー。それぞれ印章刻印で光や闇の属性をつけてある。上手く使えば役に立つ筈だ。

 今回は助かった。また機会があればよろしく頼むね」

 レリエルは薄く微笑むと、独特のオーラを纏う二つの武器と共にリーミルの入った麻袋を手渡した。

二つの頭脳   研究助手5

──支都ルアムザ近郊 昂壁の翼──


 前に訪れた記憶を頼りに研究塔を歩き、貴方はレリエルの部屋の前へとやってきた。

 扉を数度ノック。返事は無い。

 留守なのだろうかと首を捻り、傍らにいるリトゥエを見るが、彼女は両手を広げ、それは無いだろうと一言。

「だって気配はするし……多分、聞こえてないんじゃない?」

 仕方なく、扉を開き──鍵は掛かっていなかった──部屋の内へと足を踏み入れる。部屋は相変わらずの状況で、足の踏み場も無い。

 貴方はガラクタで構成された山脈の隙間を進み、窓際にある机に向かっていたレリエルへと声を掛けた。

「おや、君は……確か【NAME】君、だったか? 今度も君が依頼を受けてくれたの?」

 こちらに振り返ったレリエルは、眼鏡の位置を直しつつ手に持った紙束を机の上に投げ出す。

「相変わらず、きったない部屋ねぇ。ちょっとは掃除したら?」

「いや、これは効率的、機能的な面で見てベストと考えられる配置なのだよ」

「……嘘くさ。大抵、整頓嫌いの連中ってそういう事いうのよね」

 リトゥエの声にレリエルは軽く笑い、

「ま、否定はせんがね。さて、取り敢えずお茶でも出そうか。その辺のモノ適当にカタして座ってて」

 言って、レリエルは散らばったガラクタの間を器用にすり抜けつつ、部屋の奥──彼女の部屋は一つの大部屋と三室ほどの小部屋で成り立っている──へと姿を消した。

「カタしてって言われても、ねぇ?」

 半眼のまま周りを見渡し、引きつった声でリトゥエ。周囲に堆く積まれた品々は、少しでもバランスを崩せば今にも倒れてきそうなほどだ。下手に触れば、どうなるのかは考えるまでも無い。

 さて……どうしたものかな。



 いい加減慣れてきたのか、レリエルの部屋で己のスペースを作るのもかなり速くなってきた。転がっていた椅子を一脚発掘し、そこに腰を降ろしていた貴方に両手にカップを携えたレリエルが戻ってくる。

「茶の方はルアムザのほうで仕入れたごく普通のものだ。味もそれなり。……で、今回の依頼の内容なんだが、あたしを『コルトロード円環遺跡』ってところまで連れて行って欲しい」

「こるとろーど……えんかんいせき? 何それ?」

 貴方の手の中にあるカップに張り付いて、勝手にその中身に口をつけていたリトゥエが、指を頬にあて、かくりと首を傾げる。

 レリエルは窓際の椅子に座り、軽く紅茶で喉を潤したあと、カップを揺らして中の液体を転がしつつ話し始める。

「あたしの知り合いに結構有名な冒険家が居てね、その人から聞いた話なんだ。このグローエスの北西にある国カルエンスの一都市タレスに……っと、タレスは大丈夫? わかる?」

 彼女の問いに、貴方の代わりにリトゥエが短く頷いてみせる。

「それくらいは私でも大丈夫だよ。確か首都のガレクシンから南に行ったところにある街だよね。何でも近くで派手な『現出』が起こって周りがぜーんぶ砂漠になっちゃったんだよね」

 リトゥエの返答に、レリエルは薄い笑みを浮べる。リトゥエの優等生的な答えに満足したのだろう。

「そう。その砂漠は『ニルギバータ砂漠』と言うのだけど、この間『昂壁の翼』に来た彼と話したときに、その奥地に円環状の遺跡を見つけたって話を聞いてね。土産だと、彼がそこで拾ってきた本を一冊貰ったんだ」

 彼女は引き出しから一冊の本を取り出し、貴方に手渡す。カップを脇に置き、ページを捲ってみるのだが。

「……何これ、どこの文字?」

 横から除き見ていたリトゥエが、顰め面で呻く。一体どこの国の文字かすらも見当がつかない。魔術文字や印章関係の文字でもないように見える。

「それはこの世界の本じゃないんだ。現出地形の方から流れてきた、他概念世界の本らしくてね。『昂壁の翼』には現出によって現れた書物に関しても結構真面目に調査続けてるから、ある程度解読するための資料も溜まっててね、それで色々読んでみたら、どうもその遺跡に面白いものがあるみたいだってことが判ったの。だから、是非直接そこへ行っておきたいんだ。最近続けてた研究にもつかえるものだし」

 貴方はふむと頷く。取り敢えず、彼女がその遺跡とやらへ赴く理由は判った。が、肝心の危険度や報酬についてがまだだ。貴方は彼女に改めてそのことを尋ねた。

「危険度は……どうかな、結構危ないところみたい。遺跡の防御機構とかが中途半端に生きているらしくてね。だから報酬の方は少し弾んで……一人550リーミルでどうだろう」

 一人550……四人ならば2200リーミルか。相変わらず破格だ。報酬としては申し分無いし、今まで色々と彼女から依頼を受けてきた手前、今後の関係を考える上でここで断ってしまうのは拙いだろう。貴方はレリエルに依頼を引き受けることを伝えた。

「そう、ありがとう。なら、私も用意をしないとな。少し待っていて。銃を取ってくるから」





──コルトロード円環遺跡──


「お、ようやく着いたみたいだ」

 レリエルは呟くと、眼前を伸びていく通路の先にある大きな操作盤に向かって、てくてくと足早に歩いていく。

「ね、ちょっとレリエル、それ、なんなの?」

 操作盤をしきりに弄っているレリエルの背後に張り付き尋ねる妖精に、レリエルは鬱陶しそうに一瞥くれたあと、また視線を操作盤に戻し、言葉短く答える。

「遺跡の機能を操作する盤よ」

「──ってそれ、まんまじゃない!」

「まあ、そうなんだが。……よし、博士の言っていた通り、動きそうだ。【NAME】君、リトゥエちゃん、そろそろ来るから構えて」

「は?」

 何を言っているのか判らず、唖然とした声をあげる貴方とリトゥエを無視し、レリエルは操作盤に取り付けられていた一際巨大なレバーを引き下ろす。

 次の瞬間、遺跡全体がぼんやりとした淡い光に包まれ、そしてその輝きが筒状になっている遺跡の中央へと集まり、ゆっくりと右から左へと流れ出す。

「な、なにこれぇ! レリエル、貴女何したの!」

「だから、遺跡の機能を動かしただけだ。この施設はね、理の粒子『イーサ』を加速させて、その結晶を抽出するための実験場なのだよ。だけど、どうやら欠陥があったらしくて──」

 遺跡を包む光が、急速に速度をあげて回転をはじめ、それは一瞬にして単なる光の輪の形となる。

「さて、最終加速」

 耳を劈く轟音のなか、レリエルは何の表情も見せず、手元の操作盤にある馬鹿でかいボタンを殴りつける。

 ──ぎん、と。

 一際甲高い音が遺跡を貫き、中央に浮んでいた光の帯が強烈な閃光と共に弾ける。

「いやぁああん!! もう何がなんだか判んないってぇ!!」

 白い光が視界を埋め尽くす中、半泣きに近い声で叫ぶリトゥエ。貴方も反射的に腕で顔を覆い、両眼を閉じた。

 そして破裂した輝きがゆっくりと消え去り、瞼の裏にまで浸透していた白が、薄暗い闇へと戻っていく。

「ほら、【NAME】君。顔覆ってる場合じゃないって。くるよ」

 すぐ隣から聞こえる冷静な、というよりものんびりとした声に、貴方はうっすらと眼をあけて。

「な──ッ!?」

 眼の前の光景に呆気に取られる。

 円形筒状の遺跡、大きく開いた空洞を埋め尽くす、禍々しい気配に満ちた巨大極まりない化け物。どこから湧いて出たのか見当もつかぬその化け物は、周囲に不気味な輝きを放つ蝶を纏わりつかせながら、爛々と輝く巨眼をゆっくりとこちらに向けて、大きく裂けた口元を歪ませた。

「な、何よあれぇ!!」

 その化け物を指差し、顔面蒼白で叫ぶリトゥエに、レリエルは手に持った長銃をこつこつと肩にあてながら、聞きようによっては面倒そうに聞こえる声で答える。

「さっき言わなかったかね? この装置、欠陥があったらしくてね。結晶を抽出する過程でああいう副産物ができてしまうらしいんだ。で、あまりにも危険だというので封鎖されていたものが、『現出』のおかげでこちらの概念世界に流れてきたと、そういう訳だ。あたし達の世界ではこんな大層なもの造れないし、いやはや、『現出』様々だな」

「さ、様々じゃなーい!! ど、どうすんのよこれぇ!!」

「無論倒すのだよ。そうしないと、イーサ芯結晶を遥かに上回る超純度結晶体『イーサマテリアル』が手に入らないじゃないか。そのために君等を雇ったんだから。さあ、行くよ!」

 ああ、金に釣られてこんなことを引き受けた自分が恨めしい。



battle
偽りの理から生まれし


 ちりちりと周囲の空間を振るわせつつ、巨大な化け物の身体が徐々に崩れていく。同時に、化け物の周囲を舞っていた蝶達も、ぱん、という小気味良い音と共に飛散し、消え去った。

「ふん。存在概念が崩れ始めたな。こうなれば、あとは崩滅するのを待つだけか」

 レリエルは持っていた銃のハンマーから指を放し、軽く空撃ち。装填されていた弾丸を吐き出す。

 その間にも化け物はどんどんと崩れ──空中のある一点に向かい唐突に収縮を始めた。

「……ちょ、レリエル! なんかヘンだよ!」

 ずるり、と空間が中心点に向かって吸い込まれ、歪む。

 リトゥエが悲鳴をあげるが、レリエルは気にした様子も無い。

「んー? 多分、元々の姿に戻るつもりなんだろう。危険は無いはずだよ」

 数秒も経たずにその収縮は収まり……後にはこぶし大程の大きさの七色に輝く球体が三つほど、地面に音も無く転がった。

「これで、もう用は無いな」

 レリエルは無造作にその球体を拾い上げ、ひとつをこちらに投げ寄越した。

「君等の分け前。……まぁ、君等にはこれといって使い道も無いとは思うけどね。

 さ、帰ろうか。お腹も空いたし」





──昂壁の翼第二研究塔 第六上級研究室──


「はぁ~、久々に帰ってきた気がするな」

 レリエルは荷物をガラクタの山へ投げ捨てると、軽く白衣を叩いてからぐっと体を逸らし、伸ばす。

「今回は君達のお陰で随分助かったよ。イーサマテリアルさえあれば、あとはどうにでもなる。次あたり、本格的に儀式を進められそうだ」

 そこでレリエルは、はたと何かに気づいたように動きを止めて、窓際にあるいつもの机からリーミルの入った麻袋を取りだした。

「いやいや、忘れるところだったよ。これが報酬のリーミル。あと、そうだな……」

 言葉を切るときょろきょろと数度周囲を見渡し、貴方から見て右側にあったガラクタの山を唐突に蹴りつけた。

 がっ、と鈍い音が響き、一拍おいて山が崩れていく。レリエルはその山の中へと手を突き入れ、数秒。ずぶりと引き抜いた先には、美しい装飾が施された長弓の姿があった。

「これも一緒に持っていくといい。掛ける矢に氷の力を付与する弓。上手く使えば結構便利なんじゃないかな」

二つの頭脳   オリオール

──支都ルアムザ近郊 昂壁の翼──


 昂壁の翼にあるレリエルの部屋へ、貴方は何気なく足を運んだ。

 いつものように扉の前に立ち、ノック……はしても無駄だと今までの経験で学習していたので、さっさとドアのノブに手を掛けて捻り、押し開ける。

「おや、【NAME】君にリトゥエちゃん?」

 意外なことに、扉を開くと同時に中から声が返って来た。

「どうしたね。公社の方に依頼出していた覚えはないけど……いつものクセで無意識のうちに書類出しちゃってたのかね」

 相変わらずの散らかった室内には、珍しい事にレリエルの他にもう一人、壮年の男の姿があった。




【※オリオールと初見の場合】


「ええと、初めまして、かな」

 男はこちらに向かって軽く会釈して──リトゥエの姿に少し目を丸くする。

「レル。できれば彼女等のことを紹介してもらえるとありがたいのだが」

「んー? う~ん、私も【NAME】達のことそんなに知ってるわけでもないんだがなぁ」

 男の言葉に、レリエルは困ったような呻き声をあげる。

「こっちの冒険者風の格好をしたのが【NAME】君。あたしが最近やってる研究を色々と手伝ってもらってる。で、こっちの妖精さんがリトゥエちゃん。……そういえば、何でリトゥエちゃんは【NAME】にひっついてるの? 憑いてるとか呪っているとかそういうわけでもないのだろう?」

「え~っと、あれ? そういえば何でだっけ?」

 こちらを見やり、頭上に疑問符を浮かべて小首を傾げるリトゥエ。というか、こっちに訊かれても困る。

「えーとえーと……ああ、思い出した。確か、前に人間に襲われてるところを助けてもらったんだ。その時にお礼で五王朝のこと案内してあげるってついていって……もうどれくらい経ったっけ?」

 そういえば、そういう出来事があったような無かったような。もうかなり昔の話のような気がして、記憶が曖昧だ。

 などという話を聞いていた冒険者風の男は、首を捻り、一言。

「というか、それってやっぱり取り憑いてるんじゃないか……?」

「ち、違うってば! 別に呪いとかそういうの掛けてる訳じゃないって!」

「うーん、まぁ、どっちでも良いけどね。で、だ。こっちに居るオジサンは──」

「オジサンは止めてくれ、頼むから」

 男の懇願に近い静止の声に言葉を一旦区切ったあと、レリエルは咳払いを一つ。

「ごほん──と、このお兄さんはオリオール博士。ハマダン・オリオール考古学博士……だったかね? フォータニカの」

「まあ、一応はね」

 最後の部分は男──オリオールに対する問い掛け。彼は頷きで返す。

「彼は博士というよりは冒険者としての方が有名でね。五王朝の『虹色の夜』の話を聞いて、こっちの方に流れてきた人間の一人だよ。だから、ある意味【NAME】君とは同類といえるね」

 オリオールはガラクタの山を慣れた調子で進み、貴方の前に立つと手を差し出し握手を求める。

「【NAME】、だったかな。レルの知り合いならば、今後会うこともあるかもしれない。その時はよろしく」

 男の手を握り返す。ごつごつとした分厚い感覚。確かにレリエルの言うとおり、学者の掌というよりは冒険者の掌だ。

「リトゥエも宜しくな」

 手を離し、今度はリトゥエの方へ人差し指を出す。彼女はその指を片手でぱすぱすと叩くと、

「うん。宜しくね、オジサン」

 言って、満面の笑みを浮かべるリトゥエ。対してオリオールの顔は苦虫を噛み潰したように歪む。

「レル、君のせいだぞ」

「知らんよ。オジサンはオジサンだ。ほら、用が済んだならとっとと部屋に戻れ」

 オリオールは叫ぶが、当のレリエルはそしらぬ顔。オリオールはがっくりと肩を落とす。

「……判った。じゃ、またいつか会おう、【NAME】君」

 力なく手を振って、男は部屋を出て行った。

 まだ三十を過ぎた程度にしか見えないのだが……やはり『オジサン』という言葉は堪えるだろうか。




【※イドバの奇岩洞窟でオリオールと会っている場合】


「君は……確か前に会ったな。【NAME】にリトゥエ、だったか?」

 どこかで見たことのある男。そうだ、彼はオリオール。ハマダン・オリオールだ。前に一緒に冒険をした覚えがある。

「あ、あれぇ? なんでオリオールのオジサンがこんなところに居るの?」

 リトゥエも彼の姿に驚いたらしく、素っ頓狂な声をあげて尋ねる。

「だからオジサンは……いや、もう良いけどね。それより、何故君達がここへ?」

 貴方達とオリオールは互いに顔を見合わせ、同時に窓際の椅子に座るレリエルを見る。

「うん? あたしが説明するの? どっちかというと、オリオールと【NAME】君達がどこで出会ったのかの方が気になるのだが……まぁいいか」

 レリエルはオリオールに、【NAME】達との関係──公社を介して彼女の仕事の手伝いをしていることなど──を話し、貴方にはオリオールについての話を聞かせてくれた。

 曰くオリオールは大陸の中央付近にある大国フォータニカから流れてきた有名な冒険家兼考古学者らしい。現在はフォータニカでのコネを使って『昂壁の翼』の一室を借りて、そこから五王朝中の現出地形に足を運んでは希少な品々や新たな現出地形、遺跡などの情報を『昂壁の翼』に持ち込んでいるらしい。

「つまり、『昂壁の翼』の援助を受けて活動してる冒険家、で合ってるかな。お金貰って冒険できるんだから、君達から見れば暢気な身分なのかもね」

 言って、言葉を締めるレリエル。全く、彼女の言うとおりだった。

 しかし、オリオールはレリエルの言葉に露骨に顔を顰めてみせる。

「なんだかひどい言われようだな。別に『昂壁の翼』からは一銭も貰っていないぞ? まぁ、住処として部屋を貸してもらってはいるけどね」

「どうだか……。それより、この前頼まれてた『セリテ天海』についての資料だけど、アーバニア老から幾つか現出地形からの文献を──」

「ちょっと待った。僕の用事は後で良いから、彼らの用事を済ませてあげたらどうだ? 彼らも何か用があって来たのだろうし」

 唐突に言葉を止められ、きょとんとした表情を浮かべたレリエルだが、

「それもそうだな。で、【NAME】君は何の用事で来たんだ?」

 軽く眼鏡の位置を直しつつ、貴方へと問い掛けてくる。

(……あ~)

 暇つぶしに何となくやってきた、とは言えない。

 貴方はそこで適当な事を言い、「?」と首を傾げる二人を残して、逃げるようにその場から立ち去った。

二つの頭脳   研究助手6

──昂壁の翼第二研究塔 第六上級研究室──


 前に訪れた記憶を頼りに研究塔を歩き、貴方はレリエルの部屋の前へとやってきた。

 扉を数度ノック。返事は──あった。

「【NAME】君だろう。入ってきて構わないよ」

 貴方とリトゥエ、目を丸くして顔を見合わせる。

「初めてだよねぇ……。返事がまともに返ってきたの」

 リトゥエはゆっくりと視線を扉へ。貴方はノブに手を掛け、扉を押し開く。視界を塞いでいた木製の壁が消え、窓からの柔らかい日の光が差し込む部屋が広がる。

「…………」

 リトゥエと二人、室内の様子に暫く動きを止め──貴方は部屋を間違えたのかと、扉を閉めて出て行こうする。だが、

「ちょっと、何処に行くつもり?」

 再度掛かる声に呼び止められ、改めて室内を見渡す。

 部屋は異常なほどに広かった。いや、これが本来のこの部屋の姿といえば良いのか。今まで部屋を埋め尽くしていた筈のガラクタの山脈は影も形も見当たらず、室内に残っているのは窓際にあった小さな机と椅子だけ。そして床全体には複雑な形の印章陣が敷かれており、その中央には眼鏡を掛けた白衣の女が立っている。

「ど、ど、どうしたのよ、これ!?」

 リトゥエがあわあわと震える声で室内を指差し、喚く。しかしレリエルは何のことだか判らないといった風に片眉を顰めてみせるだけだ。

「どうしたのって、何が?」

「部屋よ部屋! あの部屋中に転がってたガラクタはどうしたの!?」

 妖精の言葉にレリエルはぽんと手を叩き、頷く。

「ああ、あれか。いや、前回の円環遺跡から持ち帰ったイーサマテリアルで儀式の材料は全て揃ったから、さっそく儀式を行おうとしたんだけど、『儀式塔』の使用許可が下りなくて。仕方なく、自室でこうやって陣を組む羽目になってしまったから、仕方なくカタした」

「カタしたって……あれだけの量、一体どうしたのよ!」

「どうしたのって、『貯蔵塔』の方に送っただけだけど。研究塔の個室と貯蔵塔とは転送用の印章刻印で結んであるから、一時間もあればこの程度はね」

「じゃあ、この床に刻まれてるのって……転送用の印章?」

 レリエルはリトゥエの言葉に軽く首を横に振ってみせる。

「いや、これは支神霊召喚儀の印章陣だよ。今回君等に来てもらったのは、この儀式の補助をしてもらおうかと思ってね」

 貴方は彼女の言葉に首を傾げる。専門家ではない自分達を手伝いとして雇うくらいなら、『昂壁の翼』の人間を使った方が遥かに良いのではないだろうか?

「楽か楽でないかで言えば確かにそうなんだけど、……まぁ、色々あるのだよ。実験内容についての詳細や、こちらの技を身内に盗ませる余地を与えたりするのは危険なんだ。この翼という組織ではね」

「う~ん。判るような、判らないような……」

「ほら、判らなくても良いから、早速手伝ってくれないかな。報酬の方は一人400リーミル程度しか出せないけど、今回の仕事は楽なものだし、構わないだろう?」

 構わないというか、相変わらず十分な値段だ。貴方は二つ返事で了承の意を伝えると、レリエルに細かい指示を乞う。

「では、さっそく始めようか。【NAME】君は部屋の隅にある四つの点のうち北側にある点と、部屋の中央付近にある印とを同時にこの杭で──」

 恐らく禁書領域で手に入れたものと思しき本を手に、レリエルがぽんぽんと指示を出す。

 貴方とリトゥエは、それに従って次々と印章陣に手を加えていく。離れた位置の二点に対して同時に印を刻むなど、多人数でなければ絶対にできないような記述などが必要らしく、彼女が人の手を必要にしていたのはその点にあったらしい。

「次は部屋の四隅にある三角形の頂点に──」

 というか、えらく忙しい……。





「さて、一通りできたかね。それじゃ、【NAME】君、リトゥエちゃん、あたしの傍に寄って、この線から外に出ないように」

 レリエルの言葉に従い、彼女の周囲二メートルで円を描く朱線の内側へと入る。

「……ねぇ、ホントに大丈夫なの、これ? なんか心配なんだけど」

 露骨に不安げな表情で尋ねるリトゥエに、レリエルはうーんと唸り、

「一応、ひとつの支神霊に特化した召喚、封縛の陣な筈だから、あたしがちゃんと制御できるか出来ないかは置いといて、危険自体は無いとは思うがね。ま、とにかくやってみれば判るだろう」

 レリエルは持っていた書物を床に置くと、懐から石を取り出し、印章陣の上へ投げ捨てる。

「まず、銀の芯結晶を触媒として配置。因みに陣は磨り潰したクロイデルファミリアを混ぜ合わせた染料を使って書いてある。で、そこから本に書いてある通りの呪文を唱えればいける筈。あと必要なものはイーサ干渉を促す術者の同調力のみ。簡単なものだな」

「ちょ、ちょっと。そこが一番大事なんじゃないの! レリエルって魔術使ってるところ殆ど見たことないけど、大丈夫なの?」

「付与関係の印章記述なら自信はあるが、召喚関係はからきしだ。イーサ干渉して変質させた概念を維持する為の絶対的なイーサ同調力があたしには足りないらしい」

 …………。

「な、なぬーっ!!? やめ、やめて、中止中止中止!!」

 慌ててレリエルの袖をぐいぐいと引っ張るリトゥエに、レリエルは腰の後ろに下げていた袋からこぶし大程の大きさの美しい球体を取り出してみせる。

「大丈夫。その為の印章陣と、イーサマテリアルだ。イーサマテリアルは理の結晶、魔術の宝玉。これを使えば、術者の同調力に関係なく大抵の魔術は行使できるようになる。といっても、使いこなすにはコツは要るがね」

「ほ、ホントかなぁ……」

 リトゥエはレリエルの顔とイーサマテリアルを交互に見比べ、ゆっくりと彼女から身を離す。取り敢えず、マテリアルの力を信じたらしい。

 右手にこぶし大の宝玉、左手に禁書領域から持ち出した本を構えたレリエルが、深く大きく深呼吸し、真剣な表情で呟く。

「じゃあ、始めようか」



 レリエルが書物片手に独特の韻を踏んだ呪文を唱え始めて数分。

 印章陣の中央に置かれていた銀の塊から強烈な光が漏れ始め、室内を照らし始める。

「な、何あれ? な、なんか光ってるよ?」

 貴方の肩に止まってびくびくと周囲を見回していたリトゥエが、不気味な輝きを放つ石を指差して貴方に尋ねてくるが、こちらとしても答えようがない。唯一どうなるかを知っているのはレリエルただ一人なのだが、術を行使中の彼女に尋ねるわけにも行かない。不安を抱えたまま、レリエルの術式の結果を見守る他無かった。

 レリエルはそのまま呪文の詠唱を続け、最後の締めとばかりに息を吸い、大声で叫ぶ。

「『来たれ、カミオよ!!』──って、あ、あら?」

 大声で決め台詞らしきモノを叫んでから、はて、と首を捻るレリエル。

「ちょ、レリエル! 『あら?』って何よぉ!」

「え? いや、あー。今あたし、最後に『カミオ』って言ったよね? ち、ちょっと待って……」

 言って、慌てて手元の本を見直し始める。なにやら雲行きが怪しくなってきた。

「え、何、何なの。もしかしてなんかおかしいの?」

 猛烈に不安げな表情で尋ねるリトゥエ。目の前に転がってた銀の結晶から発せられる光は最高潮に達し、零れる輝きに目をあけていることすら辛い。

 そして、その柱上に伸びた光の中に細く闇色の線が走り、裂け、その狭間から一つの黒い影が現れる。

 それは一匹の巨大な鶫だった。

 黒色の鳥は未だ激しく光が乱反射する中、翼を広げて数度羽ばたき、慌しく地面に着地する。

 レリエルは、つと本から視線をあげてその鶫を見、更に首を傾げる。

「──う~ん。確かあたしは『ヴァプラ』を呼んだ筈なんだけど、今、目の前に居るのはどうみても……」

 と、レリエルが言い終える前に、鶫が嘴を開き、話し始める。

『我はカミオ。パンデモニウムの30軍団を率いし偉大なる……イダ……イ、ア』

 突然。鶫の身体に奇妙な光が纏わりつき、その姿がぐにゃりと歪み始める。

 それを見て、レリエルが小声で呻いた。

「あ、やば」

「や、やば、って何!? っていうか、なんか『カミオ』とか言ってたよあの鳥さん!」

「ちょっと静かに、今調べてるんだから。……えーっと。ああ、判った」

 片手に球、片手に本を持ちながら器用に手を打ってみせるレリエル。

「なんかどーも、『ヴァプラ』に対応した召喚、封縛、概念固定の印章陣を敷いておきながら、別の支神霊──カミオとかいう神霊──を呼ぶ呪文を間違えて唱えていたらしい。で、召喚した存在の封縛、概念固定の陣が当然動かなくて、今召喚した存在が滅茶苦茶不安定な状態で漂ってると……そういうわけだな。いやぁ、しっぱいしっぱい」

 暫し沈黙。

「あ、あ、アホかあああぁぁぁっ!!!!」

 絶叫するリトゥエ。しかし、レリエルはそんな彼女の叫びも気にした様子も無く、ぺらぺらと手元の本を捲っている。

「普通は、『召喚の陣』がおかしいなら呼び出すこと自体失敗する筈なんだけど、このイーサマテリアルの力が強力すぎたみたい。呪文の力を増幅して、印章陣の補助無しで強引に他概念世界への『洞』を作って、呪文で詠った支神霊の概念をこっちに引っ張ってきてしまったらしい。いやはや、どうしたものかね」

「なに冷静に言ってるのよぉ!! なんか貴方が呼び出したあの鳥さん、様子が変だし!」

 ぎゃんぎゃんと喚くリトゥエの言う通り、陣の中央に居た鶫は既にその姿を失い、極彩の色を帯びて徐々に形を変え始めている。

「召喚された存在は、まず『概念固定』でこちらの世界概念と融和させて、そこから封縛で召喚師に従えるようにするんだが……取り敢えず、今は元の概念世界に戻した方が良さそうだな。どれ、このマテリアルがあれば送還ぐらいは……」

 呟き、レリエルが手に持っていた宝玉を掲げたその時。

 ぱりん、と。

 まるで薄氷を割るような軽い音と共に、彼女の手の中の七色の宝玉が呆気なく二つに割れ、その片方が粉微塵となって掌から零れ落ちた。

「……ダメじゃん」

 同時に、目の前に漂っていた虹色の物体が急速に形を変え始める。

「う、ウソぉぉおおおお~っ!?」

 両手を頬に当て、いやいやと首を振りつつ悲鳴をあげるリトゥエ。なかなか面白い表情だ。

「召喚だけで手一杯だったみたいだな。……となると、力の供給を断たれて、開いた召喚の『洞』は消滅するわけだから、呼び出した支神霊も同時に消え──」

 先程まで虹色の球体に近い形を取っていたそれは、今は手に長剣を携え暗色のオーラに包まれた男の姿へと変形していく。

「──てないな。『洞』が途切れたお陰で、こちら側に召喚されていた存在概念だけで顕在化したらしい」

「全然ダメじゃん!! どうすんのよ、あれ、なんか人間の格好になっちゃったよ!」

 既に完全に人の形となったそれは、棒立ちに近い姿勢のまま、ゆっくりと目をあける。宿す色は狂気の色。

「……マズイな。精神を正常な形で顕在化させるほど、存在概念がこちら側へ呼ばれていなかったのか?」

「ねぇ、なんかヤバいんじゃないの? 本当にこの床に書いてある結界、大丈夫なんでしょうね!」

 レリエルは剣を携え迫る男から視線を外さず、ぽつりと、リトゥエに答える。

「……いや。床に書いた印章陣は対『ヴァプラ』用のものだから、他の存在には毛ほども効かん」

「~~~~ッ!!」

 リトゥエは無言の悲鳴をあげて、慌てて貴方の背後に隠れる。

 ざん、と。

 こちらへ虚ろな視線を送りながら、男が一歩、また一歩とこちらへ向かい歩いてくる。幾ら『昂壁の翼』の研究室が広いとはいえ、せいぜい縦横六メートル。殆ど目の前だ。男はゆっくりと剣を持ち上げ、こちらにどんどんと迫ってくるが、床に描かれている印章陣からは何の反応もない。

「【NAME】君、構えて。ヤツが攻撃してくるぞ!」



battle
切り離された魂


「ふむ。いい具合に存在概念が弱まってきたな。これならば、半分のイーサマテリアルでも……」

 貴方の攻撃を受けて動きを止めた男に、レリエルは半分に割れた宝玉を掲げ、片手で素早く本のページを捲りながら何事かを唱える。

 宝玉に光が満ち、同時に男の身体からも淡い光が漏れ始める。

「これで良いか。……さあ、汝の名は?」

『カミオ。万魔殿に在る30の魔軍を統べる偉大なる者』

 その返事に、ふむと唸るレリエル。貴方の後ろに隠れていたリトゥエがひょいと顔を出し、尋ねる。

「ねぇ、レリエル、もう大丈夫なの?」

「ああ、もう終わるから。少し待っていて。……カミオよ。汝が我に従属することを望む。汝は我の従者にして僕。それは抗うは出来ぬ理、それは逆らうは出来ぬ宿命」

 レリエルの声と共に男──カミオと宝玉を包んでいた光が一際強烈に輝き、そして弾けて、あとに残ったのはその断片となる飛沫。そしてそれさえも瞬く間に消えていった。

「ど、どうなったの?」

 恐る恐るといった調子で訊くリトゥエに、レリエルは軽く肩を廻して凝りを解すような仕草をし、手に持った半分の宝玉を床に投げ捨てる。宝玉は床に接すると音も無く砕け、塵となって室内の空気に紛れた。

「一応、イーサマテリアルの力を使って、存在の固定と封縛だけはやっておいた。取り敢えず、もう害は無い筈だけど」

 レリエルの言葉に、はぁ~と息をついて貴方の肩にへたり込み……そしてはたと気づいて顔をあげる。

「ってちょっと、存在の固定化なんてやっちゃったら、それ、元の世界に戻れないんじゃ!? どーするのよそれ!」

「いや、もうイーサマテリアルも殆ど力残っていなかったから、戻しようも無かったんだ。私も最近助手が欲しいなって思ってたから丁度良いかなーって、固定化するついでに、隷属化させる概念を強引に仕込んだ」

「うわ……。それってあれ? つまり『女王様と下僕』ってこと?」

 露骨にレリエルの顔が引きつる。

「……響きが悪いなぁ。助手よ助手。本当は『ヴァプラ』を呼んで古代の神形関係の秘術でも教えてもらおうかと思ってたんだけどね」

 と、床に座り目を伏せていた男がゆっくりと顔をあげる。その目には先程までの狂気の色はなく、どこかしらぼんやりとした表情で眼前に立つレリエルを見上げている。

「目覚めたかね、カミオ。あたしはレリエル、君の主だ。判るかね?」

「────」

 男は口を大きく開き、ひゅうひゅうと呼気を数度放ったあと、ようやく声を出す。

「オォォ……アナタが私の主、レリエルサマでございますれば? ワタクシ、カミオと申す者。是非とも『カミちん』とお呼びくださる?」

「……は?」

「いや、ですので、ワタクシの事は友愛の念を込め込めして『カミちん』とお呼びくだされ。何なら『カッくん』で構いませんぞ?」

 レリエルの表情が強張り固まるのが、傍からでも良く判った。



 あの後、何とも脱力を誘うカミオとレリエルとの問答を暫く眺めた後、憔悴しきった表情のレリエルから報酬を受け取り、ひとまず立ち去る事にした。

「どうも、性格とかそういう概念が殆どこっち側に出てきてなかったらしくてね。かすかに残っていたものを、強引に誇張化したものだから、ああなったらしい」

 深い溜息混じりにレリエル。その傍らでは、なぜか頭に白の頭巾を被ったカミオが、どこぞの曲とも知れぬ鼻歌を唄いつつ、床に描かれた印章陣を雑巾で拭いて廻っていた。

二つの頭脳   機甲

──昂壁の翼第二研究塔 第六上級研究室──


「やぁ、君か。今日はどうしたの?」

 姿を見せた貴方に、レリエルは手に持っていた書類の束から視線をあげ、薄い微笑で迎える。


「おーぅ。何だねこりゃ」

 【NAME】が取り出した『熱槍射出装置』を見て、レリエルが嬉々とした声をあげる。

「……ははっ、君、これどこで見つけてきたの?」

 尋ねつつも興味は完全に装置の方にあるようだ。掛けた眼鏡の縁部分をしきりに指で弄りながら装置を興味深げに覗きこむ。

「凄いねこれ。他概念世界のブツだよ。あそこってこんなのあるの?」

 問われ、これを見つけた時のことをレリエルに話して聞かせた。

「へぇー。それは驚いたな。ウチの導師連中に教えてやればイイ金になるね、それは。

 で、ちょいとあたしに貸してみなさいな。今、それ使えないだろう?」

 手渡す。レリエルは目にも止まらぬ速さで装置を調べ上げ、眼鏡から伸びた細い紐状の物体を装置に取り付ける。

「んー、おお。認証成功」

 数分。彼女の手の中にある装置に火が灯る。

「ほれ、ヒートスパイクだ。ちゃんとロック解除して初期設定だけやっておいた。

 ちょいとリミッター掛かってるけど、外すとあたしでも扱えんからね、それで我慢しなさい──って」

 そこでレリエルは首をかしげ、一言。

「この状態でも、君らには使えんかもなぁ」





──昂壁の翼第二研究塔 第六上級研究室──


「? なんの用?」


 用はあった。どん、と彼女の目の前に鋼色の巨大な鉄塊を突きつける。ヒートスパイクだ。

「ああ、やっぱり使えなかったのか?」

 椅子に座ったまま半笑いの表情を浮かべるレリエルに、貴方は厳しい顔で頷く。

「っていうか、何なのよこれ。こんな武器、見たことも聞いたことも無いよ」

 リトゥエがヒートスパイクの上に座り込み、レリエルに向かって抗議の声をあげる。

「ま、そりゃね。こういう重機はイーサ干渉による魔術でなくて、カラクリじみた仕組みでそれに近い力を出すから。しかも、あたし達の世界とは異なる力学の」

「何よそれぇ。違う世界の理屈で出来た物がこっちの世界でも動くって、おかしいじゃない」

「その辺のことは一応それなりに調べはついてるんだけど──説明長くなるしパス」

「って、貴方ねぇ……。中途半端に説明して途中で止めないでよ!」

 きゃんきゃんと叫ぶリトゥエを適当に捌きつつ、レリエルは【NAME】を見上げ、

「仕方ないな。それじゃ、こういう『重機系』の装備の使い方を教えてやろうか?」

 それは願っても無い申し出だった。しかし、

「──ただし」

 と、レリエルは意地悪そうに微笑み、言葉を続けた。

「シルヴァー、ミスリル、ミューズの三種の芯結晶体をあたしのところに持ってきて。そしたら教えてあげる」





──昂壁の翼第二研究塔 第六上級研究室──


「やぁ、君か。今日はどうしたの?」

 姿を見せた貴方に、レリエルは手に持っていた書類の束から視線をあげ、薄い微笑で迎える。


 どん、と彼女の目の前に三つの芯結晶体を出す。

「うわ、本当に持ってきたのか」

 三つの芯結晶体を前にレリエルが引きつった声を出す。

「……仕方ない、教えてあげよう。いにしえ、そして異邦の法則により作り上げられた機甲の兵器、『重機』の使い方をね」

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